※本コラムは、幻冬舎THE GOLD ONLINE「嘘だとは知らなかった」は通用する?選挙候補者のデマ投稿を安易に拡散させない〈2026年7月成立・新法律〉に寄稿したコラムに加筆したものです。
1 偽・誤情報と選挙制度
「〇〇政党は、日本を破滅に導く政党!」
(本当はそのような政策を唱えていないのに)「××候補者は、△△の政策を信奉している、無能な政治家!!」
インターネットの世界には、政治や選挙に関してコメントする情報が溢れていますが、最近は、上記のように、過激な言葉を使って、特定の政党・候補者を攻撃するような投稿(動画)や、そもそも内容が虚偽であると思われる投稿(動画)が少なくありません。
昨今、新聞やテレビで情報を取得する方が減り、インターネット、SNSなどを中心に、情報を取得されている方が多くなっているので、このような中傷情報、虚偽情報をみることで、一票を投じることになれば、それは民主主義を揺るがす、大変な事態であるといえます。
2 偽・誤情報の実例
このような偽・誤情報の投稿を組織的に行って、民主主義を脅かしているであろう例が実際に起きています。
例えば、2026年4月28日の朝日新聞(朝刊)は、2026年2月の衆議院選挙で数千の中国系とみられるアカウントが首相や日本の政策を批判する内容を投稿していたと報じています。
ほかにも、上記新聞の別記事では、一千台を超えるスマートフォンや基板を集め、世論を誘導する業務に携わっている18歳男性を紹介しています。その男性によれば、一千台を超えるスマートフォンを使って、YouTubeの再生回数やXの「いいね」のクリックを繰り返し、それをユーチューバーや一般企業に売っているそうです。実際にその男性が操作したことによって、特定の投稿の表示回数が8000件、増えたともしています。
また、2024年7月に執行された東京都知事選挙でも、根拠が曖昧な情報が拡散されたり、候補者等及びその家族など周囲の人々の日常生活に影響を及ぼすような個人情報が拡散されたことが明らかになっています[1]。
このように、偽・誤情報を流布させて、特定の政治主体に有利・不利な印象操作をすることが実際に社会問題になっているのです。このまま、偽・誤情報をそのままにしておくことは、民主主義にとって甚大な影響を及ぼすことになり、決して、看過できません。
3 なぜこのような現象が起こるのか
そもそも、なぜこのような偽・誤情報があふれかえるのでしょうか。
まず、SNSにおいては、魅力的なコンテンツで利用者の興味・関心を引きつけ、そこで獲得した当該利用者の時間ないしアテンション(興味・関心)を広告主に販売するというビジネスモデルが採用されていることが多く、そのモデルを導入している限り、見てくれれば、それに応じて、広告費(収益)が入ります。また、見る人が面白いコンテンツに対して、スーパーチャット(投げ銭)をすることで、プラットフォーム事業者とコンテンツ提供者が儲かるという仕組みもあります。
このように、利用者(視聴者)が見れば見るほど、儲かる仕組みになっていますので、おのずと、情報の質よりも人々の注意関心をいかに集めるかが重視されることになります。
人は論理よりも、感情を優先させる動物だと考えられていますし、何よりも人間は「怒り、憎悪」というものに最も注意をそそられるとされているため[2]、人々の注意・関心を引き付けるために、おのずと刺激的な情報が中心になっていきます。
2022年(令和4年)12月8日の第210回国会衆議院憲法審査会に出席した山本龍彦参考人も、事実に関する報道よりも偽・誤情報の方が刺激的で拡散されやすいこと、怒りや憎悪といった負の感情がアテンションを得やすいであろう、誹謗中傷が広がりやすいことを指摘しているところです[3]。
つまり、最も人間の注意、関心を引くのは、過激な情報であり、利用者(視聴者)が見れば見るほど、儲かるというシステムを採用している限り、おのずと、SNSにおけるコンテンツは、過激なもの、派手さというものが追求されることになり、偽・誤情報が出てきてしまうのは、ある意味では避けられないといえます。
4 偽・誤情報の新たな規制
このような偽・誤情報を放置していては民主主義に大きな影響を与えてしまうので、この問題については、2025年から、与野党が協力して、議論を重ね対策を協議していました。
その結果、2027年春に実施される統一地方選挙に間に合わせるため、2026年7月13日に偽・誤情報に関する規制を行う法律が制定(改正)されました(施行日は2027年3月1日です)。
具体的には、公職選挙法142条の7第1項として、次の規定を置くものとされました。
選挙に関しインターネット等を利用する者は、公職の候補者に関し虚偽の事項を公にし、又は事実をゆがめて公にして選挙の公正を害することがないようにしなければならない。
この法律は一体どのような意味を持つのでしょうか。
まず虚偽の事項というのは、真実とはいえないこと、要するに「ウソ」を指すと思われます。
「事実をゆがめて」というのは、虚偽とまではいえないけれども、一部を隠したり、はたまた別のところを極端に誇張したりするなどして、全体としてみると、真実とは言えない事実を表現することといえるでしょう(虚偽事項公表罪に関して、東京高等裁判所が昭和51年8月6日(判タ347号287頁所収)に言い渡した判決参照。)。
そして、嘘をいうか、真実とは言えない事実を公にすることによって、選挙のフェアプレーを害することが必要です。何票を逃したといった、はっきりとした因果関係までは要求されないと思いますが、特定の候補者の得票に影響を及ぼすおそれがあるような情報が有権者の目に触れるといった状況であれば、選挙の公正を害するといえると思います。
これが新142条の7の内容です。
5 具体的ケースでの検討
では、この新ルールを、下記のケースであてはめて考えてみたいと思います。
衆議院議員選挙が来週行われる状況下で「(消費税減税の政策を提唱していないのに)A議員は消費税減税の政策がよいと街頭演説で語っていた」との投稿は、新ルールに反するでしょうか。
これは、選挙期間中であり、すでにA議員が立候補しているという前提であれば、アウトになるといえるでしょう。虚偽を述べているからです。
次に、衆議院議員選挙がいつ行われるか不透明な状況下において、(本当は賛成であるにもかかわらず)「〇政党のB支部長は、夫婦別姓について反対であるとの政策を掲げています」と解説動画を動画掲載サイトにアップロードすること、これはどうでしょうか。
おそらく、この事例は新ルールに違反しないと思われます。公職選挙法では、「候補者」と「候補者となろうとする者」を書き分けており、B支部長は、いまだ特定の選挙について立候補届を出しておらず、「公職の候補者」ではないからです。
ただし、最高裁判所の判断があるわけでもないので安易な発想は危険ですし、何より、B支部長が立候補届を出したときに、虚偽動画がアップロードされて残っていたとすれば、Bさんは「公職の候補者」になるので、1つ目のケース同様、このルールに反することになります。
また、仮に新ルールに違反しない場合であっても、名誉毀損罪、後述する虚偽事項公表罪などの犯罪が適用されるか否かは別途、問題になるといえます。
では、今度の区議会議員選挙に立候補したいと本人は意思を持っているものの、まだ政党の政策委員にもなっていない段階で、(本当は賛成であるにもかかわらず)「Cさんは、原発再稼働には反対の立場!!」と投稿することは、どうでしょうか。
これも、アウトにはならないでしょう。決して、この行為は褒められたものではありませんが、Cさんは候補者ではないからです(別途、名誉毀損罪などの犯罪が適用されるかの検討が残るのは二つ目のケースと同様です)。
このように、今回の新ルールは、立候補を正式に行った「候補者」に対する虚偽等を対象としており、おのずと選挙運動期間(公示日や告示日から、投票前日まで)を想定していることになります。そして、今回の公職選挙法の改正においては、罰則は適用されないとなっていますので、新142条の7に違反することによって刑事罰は科されません。
6 虚偽事項公表罪との関係性
こう見てくると、あまり広く規定されないように見えますが、ここで疑問が浮かびます。公職選挙法には、すでに虚偽事項公表罪という犯罪が規定されており、それとは何が違うのだろうか、という疑問です。
当選を得させない目的をもつて公職の候補者又は公職の候補者となろうとする者に関し虚偽の事項を公にし、又は事実をゆがめて公にした者は、四年以下の拘禁刑又は百万円以下の罰金に処する。
虚偽事項公表罪に該当した場合には、刑罰が科されますから、この犯罪と、今回設けられた新ルールは、何が違うのでしょうか。
虚偽事項公表罪が成立するには、「当選を得させない目的」(つまり落選目的)が求められていること、そして、投稿者が「これは虚偽情報である」または「事実をゆがめている」との認識が必要であると考えられています。
落選目的が認められるためには、通常、選挙運動期間中又は選挙の時期に近い時期に行われることが重要になるでしょう。
また、自分が「虚偽投稿をしているな」と認識している(わかっている)ことも必要ですので、他人の虚偽投稿について、(真実だと)信じて拡散・シェアした場合には、虚偽認識がないということもありえてしまいます。
このように、現行の虚偽事項公表罪は、立件するうえでは、どうしても使い勝手が悪い側面があったのです。
一方、今回の公職選挙法の改正は、「候補者」に関する虚偽事項を禁止しているだけですし、刑事罰が科されないなど、まだまだ課題は多いといえます。
しかし、虚偽事項公表罪が成立するための「目的」のようなことは要求されませんし、新たなルールは、候補者に対する偽・誤情報をしてはならないとの風潮を強めることになるので、行政にとっても、偽・誤情報を禁止する方策を取りやすくなるといえるでしょう。海外からの偽・誤情報を禁止することも含みます。
また、刑事罰が科されずとも、仮に、この問題で民事の裁判が起こったときには、改正公職選挙法に違反しているということはおおいに参考になるでしょう。
7 SNS事業者(プラットフォーム事業者)への規制強化
加えて、今回、情報流通プラットフォーム対処法(旧プロバイダ責任制限法が改正された、SNS事業者などを規制する法律)も改正されました(新27条の2)。
それによれば情報流通プラットフォーム事業者も偽・誤情報の流通による悪影響を軽減するために必要な措置を講じなければならないとされました。今後、総務省が「必要な措置」の指針をまとめることとなります。
そこでは、プラットフォーム事業者が行う措置として考えられる推奨事項を例示することが想定されるでしょう。
プラットフォーム事業者は、必要な措置を行いつつ、行った措置の内容を年1回公表しなければなりません。
8 今後に向けて
こうしてみていくと、今回の法改正は、偽・誤情報の規制としては決して十分ではないと思いますが、それでも、今回の改正は、規制のための一歩として評価することができると思います。
もっとも、偽・誤情報のそもそもの問題は、SNSにおいて、ユーザーの視聴数を集めて対価を得ようとする仕組み(アテンション・エコノミー)そのものにあると思われます。これが最も健全な民主主義、健全な情報取得を侵害しているのであり、この収益化の停止の是非は今後も重要な検討課題になっていくでしょう。
[1] 2025年2月20日の衆議院政治改革に関する特別委員会 東京都選挙管理委員会事務局選挙課長の織田参考人の指摘。
[2] 国連の文書でも「怒りはより多くのエンゲージメントを生み出す」と指摘されています。United Nations. New Economics for Sustainable Development :Attention Economy。また、山本龍彦『アテンション・エコノミーのジレンマ』〔2024年〕8頁も参照。
[3] 第210回 国会衆議院憲法審査会 第6号議事録参照















