Q.トランスジェンダーの学生から、担任に男子トイレを使用するように強制されている、自身の自認する性別に合わせて女子トイレを使用させてほしいと相談がありました。どのようにしたらよいでしょうか。なお、本学には「だれでもトイレ」の設置があります。
A.対象生徒や周囲の生徒と対話していくことが必要です。参考になる最高裁の前例もあります。
◎トランスジェンダーとは
トランスジェンダーとは、心と身体の性が一致しない人を指します。「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(以下、特例法)」において「性同一性障害者」という言葉が規定されています。「性同一性障害者」とは、「生物学的には性別が明らかであるにもかかわらず、心理的にはそれとは別の性別(以下「他の性別」という)であるとの持続的な確信を持ち、かつ、自己を身体的及び社会的に他の性別に適合させようとする意思を有する者であって、そのことについてその診断を的確に行うために必要な知識及び経験を有する二人以上の医師の一般に認められている医学的知見に基づき行う診断が一致しているもの(2条)」とされています。性同一性障害者は、医学的な診断がなされていることが必要ですので、トランスジェンダーの言葉のほうが、範囲が広いといえるでしょう。
そして、トランスジェンダーであれ、性同一性障害者であれ、自身の「性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けることは重要な法的利益(最高裁令和5年10 月25 日)」であると考えられますので、学校が生徒の性自認を尊重することは人権尊重の観点から極めて重要です。
◎自身の性自認に従ったトイレを使用したいといわれた場合
では、トランスジェンダーの生徒から、(戸籍上の性別は男性ですが)「女性用のトイレを利用したい」といわれたらどうすればよいでしょうか。対象生徒の性自認を尊重すべき一方、トイレは、多くの生徒が利用する場所です。戸籍としては男性である以上、(戸籍上、女性である)他の生徒への配慮を行う必要があるとも考えられます。対象生徒に女性用トイレを利用させるべきでしょうか。
◎経済産業省とトランスジェンダーの事件
まさに、このような問題が争われた事件があります。訴訟提起を行った原告の方は、経済産業省に勤務し、戸籍上の性別は男性であるものの、自認する性別は女性で、性同一性障害との診断を受けていました(ただし、健康上の理由から性別適合手術は受けていません。そのため特例法にいう「性同一性障害者」にはあたりません)。原告は、職場で女性用トイレを使用したいと要望したところ、執務しているスペースから離れた階の女性用トイレを使用するよう指示されました。原告は、執務スペースの階の女性用トイレを利用させてほしいとして、訴訟になりました。それに対して、最高裁判所は2023(令和5)年7月11 日に下記のように判断しました。
- 原告は、女性トイレを利用するには執務スペースから離れたトイレを利用するか、近いトイレを利用するには男性用のトイレを使用しなければならず、日常的に相応の不利益を受けている。
- 原告は、性別適合手術を受けていないものの、女性ホルモンの投与などを受けており、性衝動に基づく性暴力の可能性は低い旨の医師の診断を受けている。
- これまでに原告が女性用トイレを使用することで、具体的なトラブルが起こったことはない。
- これまで、原告が女性用トイレを利用することで、他の職員から、明確に異論を唱えた者はいない。
- 原告が女性用トイレを利用するにあたって、何か特別の配慮をすることが必要な職員がいるかどうかについて調査が行われ、特にそのような職員は確認されなかった。
最高裁判所は、これらの理由から、原告が女性用トイレを利用することで具体的なトラブルが起こる可能性は想定しづらく、一方で、原告が(自分が自認する性に従ったトイレを利用できないという意味で)不利益を受けていて、その不利益に甘んじさせる特別な事情もないことから、経産省の対応は誤っていたと判断したのです。
◎上記事件の意味
この判断をもってして、「常に」女性用トイレを認めさせなければいけないと考えるべきではありません。女性用トイレを利用させるかは、すぐれて個別判断によるものであって、ケースバイケースで判断するしかないのです。
しかし、それでも、上記事件の判断から参考となる情報を読み取るとすれば、それは、以下でしょう。
- もしも、トランスジェンダーの生徒から、自分の性に従ったトイレ利用をしたいと聞いた場合、その学生がトランスジェンダーであるかどうかについて丁寧に聞き取りましょう。ジェンダークリニックに通っているのか、医師の診断はおりているのか、性の違和感が強いのかどうか。トランスジェンダーであることを尊重することは、人権尊重であり、ゆめゆめ矯正しようと思ってはなりません。そのような考えは言語道断です。さりとて、生徒が思春期である場合、「性」そのものに対して揺らぎがあることもあり、どのような思いで女性用トイレを利用したいと思っているのか、その理由を真摯に聞き取ってあげることが必要です。
- そのうえで、女性用トイレを利用させることで具体的なトラブルが起こり得るかどうかを検討しましょう。学校の女性生徒に対して配慮が必要な子がいるかもしれません。他の生徒に対して、きちんと説明を行い、理解を求めたり、アンケートを行うことも考えられるところです(ただし、本人がトランスジェンダーであることを誰にも言わないでほしいという場合もあります。本人が隠しているのに、了解なしに、トランスジェンダーであることを他生徒に話すことは厳禁です)。このようにして、トラブルが起こるかどうかを「具体的に」検討することが必要です。
ここで気を付けなければいけないのは「具体的に」検討することであり、反対している学生がいるに違いないといった思い込みや、反対している学生がいるとしても、その理由を検討なしに「反対の学生がいるため」と速断することは控えるべきです。そもそも、社会的な性別移行は1日にしてできるものではありません。トランスジェンダー本人が自身の性別違和と向き合い、徐々に自身の性自認を受け入れていくのと同じように、周囲の人々とも急かずに対話していくべきです。ですから、違和感を持つ学生がいても、きちんと説明をしたり、誤解を解いたり、なぜ反対だと思うのかその理由を尋ねたり、丁寧なコミュニケーションを行い、本当にトラブルや問題が起こるべきなのかを「具体的」に考えるべきでしょう。 - このような取り組みの結果、対象生徒が女性用トイレを利用したいと思う理由がトランスジェンダーといった切実なものであり、かつ、女性トイレを利用することにつき、具体的なトラブルが想定しづらかったりする場合には、女性トイレを使わせるべきであるといえるでしょう。
◎だれでもトイレ?
だれでもトイレは文字通り、誰でも使えるトイレですので、生徒にとっては、居心地がよいと考えるかもしれません。ただ、だれでもトイレがあるからといって、「だれでもトイレを使わせておけばよいだろう」という考えも妥当ではありません。「だれでもトイレ」を居心地よく感じるか、それとも不快に感じるかは、当然に様々です。対象生徒と話し合うなかで、だれでもトイレの利用を提案してみることも考えられますが、急かずに丁寧に対話していくことが必要です。
この記事の内容は、『学校運営の法務Q&A』(旬報社)をもとにお届けしました。教育現場のトラブル回避や法的対応をサポートする信頼の一冊。全国の書店やオンラインストアでお求めいただけます!
こちらからもお買い求めいただけます。