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髙野傑

取調べ録画とカメラ・パースペクティブ・バイアス

● 取調べ動画をYouTubeに公開してみて

2024年初頭、取調べの動画をYouTubeにあげて公開しました。この動画を見た方が、SNSなどで多くの意見を発信していました。「検察官のやっていることは人格攻撃だ」「捜査機関だからといってやっていいことではない」というものもあれば、「逮捕されたのだからこれくらい当然」「黙秘しますと言われて取調べを終了していては捜査にならない」といったものもありました。

これらの意見は100パーセントみなさんの自由意志によって生まれたものなのでしょうか。もしかしたらその意見は、動画を撮影したカメラのアングル、撮影の方向によって、影響を受けたものかもしれません。今回はカメラアングルが人の認知に与える影響と、現在の取調べ録画方法の問題点についてお話したいと思います。

 

● カメラ・パースペクティブ・バイアスとは

写真や動画では、どのような角度で撮影するかによって、被写体に対する印象や解釈に一定の影響を与えることが出来ます。これは「カメラ・パースペクティブ・バイアス(camera perspective bias)」と呼ばれる現象です。特に被写体が人物である場合、撮影するカメラの位置や角度が、その人の特性や行動に対する解釈に影響を与えることがあります。

例えば、撮影の角度について。下から上に見上げる角度で撮影した場合、被写体は威厳のあるもの、または支配的なものとして映り、権威や力強さが強調されるそうです。反対に上から下に見下ろす角度で撮影した場合、被写体は小さく映り、脆弱性や無力さが強調されるとされています。

この現象は、取調べの映像においても同じように生じます。

 

● 日本弁護士連合会による申し入れ

日本弁護士連合会(以下「日弁連」と言います)は、取調べの録画の撮影方向について、これまで二度にわたって、意見書を提出しています。1回目が2011年12月15日、2回目が2018年3月です。意見書はそれぞれ日弁連のウェブページで全文確認できますので、こちらのリンクからご確認下さい。

https://www.nichibenren.or.jp/document/opinion/year/2011/111215_8.html

https://www.nichibenren.or.jp/document/opinion/year/2018/180327.html

 

ここからは、この日弁連の申し入れが、どのようなことを問題として指摘しているのかをお話していきます。(以下の内容は、日本弁護士連合会編集協力・指宿信編「取調べの可視化へ!―新たな刑事司法の展開―」(日本評論社,2011年)も参照しています。)

 

● 取調べ録画の際の撮影方向についての問題点

(YouTube「江口大和違法取調べ国賠訴訟弁護団」より)

 

こちらはYouTubeに公開した取調べ動画の一場面を静止したものです。見ておわかりのとおり、画面の大部分に被疑者である江口さんが映っており、取調べをしている検察官の姿は同じ画角内には映っていません。このような、もっぱら被疑者にカメラが向けられる撮影方法は「サスペクト・フォーカス」と呼ばれます。心理学の実験によると、このアングルで撮影された取調べ動画の中で被疑者が自白(罪を認める供述)をした場合、その自白が任意になされたものであると判断する傾向が強かったという結果が出ています。

このアングルの真逆、もっぱら検察官や警察官などの取調官にカメラを向けた撮影方法は「ディテクティブ・フォーカス」と呼ばれます。この映像を見た人は、自白は取調官の強制によってなされたと評価する傾向が強かったそうです。

撮影の方向としてはもう一つ考えられます。それは、被疑者と取調官の双方を、真横から平等に撮影するもので「イコール・フォーカス」と呼ばれます。この映像を見た人は、「サスペクト・フォーカス」よりは自白が強制されたと考える人が多くなり、その傾向は「ディテクティブ・フォーカス」よりは弱いという結果だったようです。

 

● 撮影方向によるバイアスは誰にも防げない

追加でなされた実験によれば、たとえ訓練を受けた裁判官であっても、撮影方向の影響は免れないということが明らかとなっています。それだけではありません。「撮影の方向によってこういう影響がありますよ」と、アングルによるバイアスの警告を事前に受けていたとしても、上で述べた傾向は変わらなかったというのです。つまり、このような不当な影響力があることを頭で理解したとしても、影響を免れることは出来ないのです。それほど強力な影響力が、撮影の方向性にはあるということです。

この取調べ動画を見て感じた「逮捕されたのだからこれくらい当然では」という考えは、もしかしたら撮影の方向による不当な影響を受けてしまった結果として持ってしまったものかもしれません。同様に「捜査機関だからといってやっていいことではない」という考えを持った人も、検察官の言動の強制力を正しく評価できていないのかもしれません。この取調べ動画は「サスペクト・フォーカス」で撮影されたものですから、取調官の言動の強制度合いがもっとも緩和されて感じられるはずであるからです。この映像からは、江口さんが被った辛さが、十分には伝わっていない可能性があるのです。

 

● 日弁連の提案した改善策と、それに対する無反応

日弁連はこれらの問題意識から、撮影方向の改善を求めました。具体的には、公正で中立なアングルと考えられる、被疑者と取調官の双方を側面から平等に撮影するアングルである「イコール・フォーカス」を用いるべきであると申し入れました。しかし、この申し入れがなされてから現在まで、撮影方向の改善はまったくなされていません。今日も捜査機関にもっとも有利な「サスペクト・フォーカス」での撮影が続けられています。この撮影方向のまま取調べの映像は記録され、その映像を元に、被疑者が行った供述が任意によるものなのかが判断されているのです。

 

● まとめ

この方向で撮影することがどのような経緯で決められたのかは明らかではありません。しかし、遅くとも2011年の日弁連の申し入れによって、捜査機関は撮影方向の問題を理解したはずです。しかし、まったく対応していません。この状況を踏まえれば、捜査機関は悪意を持って映像の持つ不当な影響力を行使しようとしていると批判されても、仕方がないのではないでしょうか。

髙野傑

裁判官も検察官もすべて人間です。人間は誤りを犯します。正しい判決を導くには当事者双方がそれぞれの立場から議論を尽くすしかありません。そのために刑事弁護人はいます。 依頼者である皆様に完全に寄り添って活動する。それが私が心に決めている弁護士の姿です。