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髙野傑

黙秘を実現できない弁護士

前回のコラムでは、黙秘を助言できない理由について考えてみた。今回はその続きである。
黙秘が最善の方針であると確信できた(それだけで素晴らしい)。しかし、何度繰り返し助言しても依頼者が取り調べで話してしまう。多くの弁護士は、こういう事態に直面する。なぜ、黙秘を実現させられないのだろうか。

日本では、黙秘権を行使することを表明しても取り調べは終わらない。「なんで黙秘するの。」「昨日までは話してくれてたじゃん。」「弁護士に何を言われたか知らないけど、心証悪いよ。」「自分の子供にはやったことを正直に話せって教えているんじゃないの。」「そんな態度で家に帰れたとして、子供を抱きしめられるのか。」これらは過去、黙秘をしている私の依頼者に対して警察官が浴びせた暴言である。違法な取り調べであり、到底許されることではない。しかし残念ながら決して珍しいことではない。そして今後も私達の依頼者はこのような暴言に曝されるだろう。黙秘が最善の方針だと判断した弁護士は、このような取り調べが行われることを踏まえて、それでも黙秘をできるよう依頼者に助言をしなければならない。

まだ黙秘を助言したことがない人や助言しても最後まで黙秘を貫かせることが出来なかった人からすると、黙秘を実現させることは難しいことのように感じるかも知れない。反社会的組織の人など、特殊な人しかできないと思うかも知れない。しかし、そんなことはない。事件に巻き込まれ初めて逮捕されてしまった、これまで警察のお世話になったことなど一度もない人であっても、適切な助言を受ければ黙秘を貫くことは可能である。
私自身、弁護士になりたての頃は黙秘を完遂させられなかったことがあった。しかし、助言を繰り返していく中で、依頼者に何を伝えることが最も重要かに気づくことが出来た。それに気づいてからは、依頼者が途中で黙秘を崩してしまうことは、ほとんどなくなった。

弁護士会などでも、黙秘を実現させる研修を行っている。そこでは「捜査機関が言ってくる発言(上記のような暴言)を先回りして教えておく。」ことや「模擬の取り調べを行い、黙秘権を行使するリハーサルをしておく。」といったことを教えていると思う。これらはとても重要である。上記のような暴言を先に伝えておくことで取り調べにおける動揺を大幅に低減させることができる。弁護士から「黙秘して」と言われただけでは、依頼者は何をどうすればいいのかわからない。私自身、黙秘を助言する際には必ずこれらのことも伝える。
しかし、これだけでは黙秘を実現するには不十分である。最も重要なのは、なぜ黙秘が最善の対応なのかを、黙秘をする依頼者自身が理解し納得していることだと思う。いくら黙秘のやり方を教えられたとしても、それが最善だと腑に落ちていなければ、捜査機関の執拗な取り調べには耐えることは出来ない。しばしば検察官は「黙秘はあなたの権利だから構わない。弁護士がそのようにアドバイスしているのかも知れない。しかしあなた自身は本当に黙秘でいいと思っているのか。最終的に黙秘権を行使するかどうかを決めるのはあなた自身だ。」と言ってくる。このとき、依頼者自身が黙秘の方針に納得していなければ、黙秘の態度を継続することは難しいだろう。

では、依頼者が黙秘の方針に納得することが重要だとして、弁護士は何を伝えたら良いのだろうか。これは難しいことではない。弁護士自身がどうして黙秘が最善だと考えたのか、それをわかりやすく説明すれば良いのである。弁護士は黙秘をすることのメリットとデメリット(=供述する場合のメリット)を比べて、メリットのほうが大きいと考えたから、黙秘を助言しているはずである。どういうメリットとデメリットが有り、それを比べるとどうして黙秘のメリットのほうが上回ることになるのかをきちんと説明すれば良い。ほとんどの依頼者は理解し、納得してくれる。

これが、黙秘を実現させるための唯一絶対の正解などと言うつもりはない。しかし黙秘を貫くことができるようになる大きな一つの要素であることは間違いない。不起訴処分になるため、そして裁判で無罪を獲得したり刑罰を軽くするためには、黙秘は最も有効な手段の一つである。刑事弁護人にとって、黙秘を実現させる技術は必須のものである。

髙野傑

裁判官も検察官もすべて人間です。人間は誤りを犯します。正しい判決を導くには当事者双方がそれぞれの立場から議論を尽くすしかありません。そのために刑事弁護人はいます。 依頼者である皆様に完全に寄り添って活動する。それが私が心に決めている弁護士の姿です。