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髙野傑

違法な取り調べの実態を法廷で明らかにするために3‐法廷での再生と動画の公開

このコラムは、これまで2回に渡って報告してきた事件の続報になります。訴訟経過の詳しいところは、
★違法な取調べの実態を公開法廷で明らかにするために
★違法な取調べの実態を公開法廷で明らかにするために2‐その顛末‐
をご確認下さい。

●令和6年1月18日の裁判で取調べの動画が再生されました

この裁判は、検察官による違法な取り調べが行われた結果依頼者が精神的な苦痛を被ったため、国に対してその損害賠償を求めるものです。

私達は検察官の取調べの違法性を明らかにするためには、取調べを録音録画した映像を公開法廷で再生することが必要だと主張してきました。それが最も客観的な証拠だからです。しかし、裁判所は必要性がないとして、法廷での再生を認めませんでした。裁判所のこの判断が裁判の公開原則に反した誤ったものであることは前回のコラムで書いたとおりです。

裁判所は証拠となっている取調べ映像すべてを法廷で再生することは認めませんでしたが、原告本人尋問の中で必要な範囲を再生することは認めました。そしてこのコラムが公開された当日である、令和6年1月18日、東京地方裁判所421号法廷で行われた尋問のなかで、取調べの動画が約10分間再生されました。

再生は、裁判所が大型モニターを用意し、傍聴人も動画の映像音声を認識できる形で行われました。この方法については、裁判所は真摯に対応してくれました。

●法廷で再生した取調べ動画の公開

私達は取調べの動画が国賠訴訟の法廷で再生されることにこそ一定の意味があると考え、動いてきました。それは本日の手続きにおいて一定の成果を得られたと考えています。そこで、傍聴できなかった方が広く閲覧できるよう、法廷で再生した動画をYou Tubeにて公開することにしました。動画はこちらです。

【YouTubeチャンネル:江口大和違法取調べ国賠訴訟弁護団】
https://www.youtube.com/watch?v=XArMxYdhk_U

●問題はこのような取調べが50時間以上継続して行われたこと

動画を御覧頂いて、どのような感想を持たれたでしょうか。検察官の発言が一般社会で、例えば会社の上司が部下に対して同じようなことを言ったらどうなるでしょうか。取調べだからといって、国家権力である検察官が一市民を好きなように罵倒し人格攻撃を繰り返して良いなどということはありません。

しかし、問題なのは検察官が行った個々の発言の違法性だけではありません。真の問題は、このような発言を伴う取調べが、21日わたり、合計50時間以上にわたり継続して行われたということです。

日本の現在の実務では、逮捕勾留されている人は取調べを受けなければならない義務があると考えられています。これを取調べ受忍義務と言います。この義務は、黙秘をしている人にも同じように課されます。黙秘することを明確に表していたとしても、留置施設から取調室に連れて行かれ、警察官や検察官から取調べを受けなければならないのです。

そしてその際、警察官や検察官が「黙秘するのをやめて供述するように説得すること」は許されると考えられています。そのような裁判例もあります。驚くべきことに、国側は動画内の検察官の言動はこの「説得」の範囲内だと主張しているのです。動画をご覧になって、検察官の言動を説得と感じる方はいらっしゃるでしょうか。

黙秘をしている人が取調べられる際、捜査機関の言動が真に「説得」と言える範囲に留まることは、ほぼあり得ないと言って良いと思います。捜査機関は取調べにおいて被疑者に供述させることを自らの責務と少なからず考えていますので、黙秘をやめるよう執拗に働きかけてきます。取調べ受忍義務を認め、説得の範囲であれば黙秘権を侵害したことにはならないという運用が続く限り、必ず捜査機関による違法な取調べが行われると考えるべきです。説得することを許せば、必ずその範囲を超える発言が行われるのです。

●違法な取調べによる国賠訴訟の行い方について

この裁判を通じて、「刑事事件における録音録画記録媒体を民事訴訟で利用する方法」と、「証拠となった録音録画映像を公開法廷で再生することで取り調べる方法」については、一つの先例ができたことになります。もちろん、上記したようにすべてがベストの結果にはなっていません。また、前者については札幌と大阪において文書提出命令が出されており、その方法がより明確になりました(札幌では文書提出命令が確定し、大阪では現在抗告審で争われています)。

私個人としては、取調べの録音録画制度が開始されてから相当の年数が経過しているにも関わらず、それを利用した国賠訴訟がほぼ行われていなかったことに驚きました。この事件は違法な取り調べが行われた事件の氷山の一角です。違法な取調べを根絶するためには、その被害に遭った方が一つ一つ声を上げ続け、取調べ受忍義務を始めとする実務の運用を変えるしかありません。このような取調べを受けてしまった方は、ぜひ一緒に闘ってもらいたいと思います。

 

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髙野傑

裁判官も検察官もすべて人間です。人間は誤りを犯します。正しい判決を導くには当事者双方がそれぞれの立場から議論を尽くすしかありません。そのために刑事弁護人はいます。 依頼者である皆様に完全に寄り添って活動する。それが私が心に決めている弁護士の姿です。