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<span>半田靖史</span>
半田靖史

自白有罪事件からの逆転無罪判決

自白有罪判決から逆転無罪判決へ

最近、私たち刑事弁護人が教訓とすべき逆転無罪判決に出会ったので、紹介します。

 

1 本件の概要 

被告人は、職務質問をしたA警察官に対して顔面を殴打したとして公務執行妨害で現行犯逮捕され、さらに、逮捕後の所持品検査で大麻が発見されたことから、公務執行妨害罪(起訴状では、まずB警察官に体当たりし、逃走時にA警察官の顔面に肘打ちした。)と大麻取締法違反の罪で起訴されました。第1審の釧路地裁では、被告人も弁護人も起訴事実を争わなかったことから、主に検察官提出の書証だけで有罪が認定され、被告人は懲役1年6月(一部執行猶予)の刑を受けました(平成29年11月16日判決)。

控訴した被告人は、公務執行妨害罪の成立を争いました。控訴審弁護人は、被告人は警察官に暴行を加えておらず、むしろ、逮捕の要件がないのに、警察官が先に被告人を転倒させ、ヘッドロックをしたのであり、仮に被告人の腕が警察官に当たったとしても、それは違法な逮捕から逃れるためであったとして、公務執行妨害罪は成立しないと主張したのです。札幌高裁は、第1審裁判所は、被告人がA警察官の顔面に肘を当てる暴行をする前に、A警察官が被告人にヘッドロックをした疑いがあるのに、その点について十分に審理しないで公務執行妨害罪を認めたものであるとし、第1審判決を破棄して、事件を差し戻しました(平成30年6月28日判決)。

差戻しを受けた釧路地裁は、公務執行妨害罪を無罪とし、さらに、大麻取締法違反の罪についても、大麻の押収手続には重大な違法があるとして、無罪を言い渡したのです(令和元年9月27日判決。検察官は控訴せず確定)。

 

2 第1審の審理経過(高裁判決より)

実は、被告人は、第1審の被告人質問で、次のように述べていました。「警察官から肩で押し返されるようになったが、自分から肩をぶつけたことはないと思う。立ち去りたい一心で走り出したら、肩に掛けていたショルダーバッグを警察官につかまれて、バッグがちぎれ、反動で右膝を地面に押し付けるようにして転倒した。立ち上がると警察官からヘッドロックをされ、手錠かベルトの金属が頭に当たって後頭部が切れた。ヘッドロックはいったん外れたが、再び完全にヘッドロックされた。自分が前に進もうと腕を振ったときに、ヘッドロックをしてきた警察官の顔面に肘が当たったようだが、わざと当てたわけではない」と。

そして、被告人は、第1審で公務執行妨害罪を争わなかった理由について、高等裁判所で次のように述べました。「警察官の違法な取り押さえに抵抗したのであれば、公務執行妨害罪が成立しないことがあることは、控訴審弁護人に教えられて初めて知った。警察官に肘を打ち付けたのは自分がしたことだと考えており、反省の態度を示した方がよいという第1審弁護人の方針に従って、罪状認否では起訴事実を認めた。第1審の被告人質問では記憶のとおり供述した。暴行に至る過程について真相が理解してもらえると考えていたが、第1審判決の理由の中で、自分が積極的に暴行に及んだかのように言われて違和感があり、重い量刑になったと思った。」と述べたのです。なお、第1審判決は、被告人は「制止しようとする警察官を押しのけて逃走した際、・・・後方から腕をつかんだ警察官に対して左肘で顔面を打ち付ける暴行を加えたものであり、経緯、動機に酌むべき点はない」などと述べています。

 

3 控訴審の審理、そして破棄差戻判決

控訴審では、被告人質問のほか、控訴審弁護人が提出した、ショルダーバッグの紐のちぎれを示す証拠や、被告人の右膝と左側頭部の怪我の写真などが調べられました。居合わせた被告人の友人の証人尋問も行われ、変な様子だったので携帯で動画を撮影したが、警察官に「消せ」「しょっぴくぞ」などと言われて消去したと証言しました。

札幌高裁は、次のように判断しました。

ア 被告人の第1審での供述が排斥できないのであれば、警察官の職務の適法性に疑義が生じる(半田注:警察官のヘッドロックが先なら、職務執行が違法であるとして公務執行妨害罪は成立しない可能性がある。違法なヘッドロックから逃れようとして腕を振った際に肘が当たったとしても、暴行の故意がないか、正当防衛になりうる。)。

イ 被告人の第1審供述は、相応に具体的で、特段不自然なところはなく、捜査段階から概ね一貫している。ショルダーバッグの紐のちぎれや被告人の怪我とも整合している。第1審で公務執行妨害罪を争わなかった理由には一応の合理性がある。一方、A警察官に対する肘打ちを直接証する証拠は、①現行犯人逮捕手続書、②検察官によるA警察官からの聴取報告書と③警察官らの再現報告書だけである。しかし、①には、被告人がまずB警察官に体当たりして走り始めたとあるが、本件の3時間後に被害状況を再現した③のほか、②にも、重要な事実であるB警察官に体当たりした状況が記載されていない。その他の検察官請求証拠とも整合性がなく、肘打ち等に関する①②の証拠は直ちに信用できるものではない。動画の消去を求めた警察官の態度も、関係供述の信用性判断に影響を及ぼす可能性がある。

ウ したがって、被告人の第1審供述は容易に排斥できず、①~③等の信用性は十分には認められない。公務執行妨害罪についての第1審の審理は不十分で違法であり(審理不尽といいます)、第1審判決を破棄する。

 

4 差戻第1審の判断

弁護人(控訴審弁護人と同じ)は、公務執行妨害罪を否認したほか、大麻取締法違反の罪についても、本件の大麻は、警察官が被告人に暴行を加え、逮捕の要件がないのに逮捕したことによって違法に押収されたものであるから、有罪の証拠として用いることはできないとして、無罪を主張しました。釧路地裁は、新たに警察官らの証人尋問などを行いましたが、警察官らの証言は信用できないとして、体当たり及び肘うちの暴行を認めず、弁護人の主張をいれて、両罪とも無罪としたのです。

 

5 刑事弁護人にとっての教訓

ア 被告人の言い分すべてに耳を傾ける

起訴された事実や捜査について、被告人が何か不服や不満を訴えます。やったことは認めるけれど、自分にも言い分があると言うこともあります。刑事弁護人としては、最初から無理な話だと決めつけて聞く耳を持たない、というのは許されません。じっくりと被告人の話を聞き、証拠や法律と照らし合わせて、主張すべきかどうかを十分に吟味すべきです。また、被告人の不満は理解できるが、争わずに執行猶予や軽い量刑を狙うという弁護方針もあるようですが、裁判所はそれほど甘くはありません。罪の重さや前科などに照らして一定以上の刑が避けられない事案では、反省を示したからといって、狙いどおりの量刑にはなりません。かえって、無罪とされるべき被告人を有罪にしてしまうおそれがあるのです。高裁判決も、「原審において、被告人と原審弁護人が、十分な打合せと検討をせずに、本件公務執行妨害の成立を争わずに安易に認めたのだとすれば、原審弁護人と被告人に落ち度があるということになる。」といっています。

 

イ 新たな視点による控訴審弁護

本件で新しく選任された控訴審弁護人は、公務執行妨害罪の点を問題とし、被告人にそれが成立しない可能性を説明して、ショルダーバックの紐のちぎれや被告人の頭部の怪我について客観的な証拠を提出しました。控訴審で新しい弁護人が付いた場合には、新鮮な気持ちで被告人の言い分に耳を傾け、新たな視点で事件を検討して、第1審弁護人が見落としたり諦めてたりしていた問題点に光を当てることが期待されます。本件は、そうした控訴審弁護人の適切な弁護活動が成功した例といえましょう。場合によっては、新たな弁護人が第1審の弁護人と共同して控訴審を担当するのもよいでしょう。

 

ウ 「やむを得ない事由」の壁

そうはいっても、控訴審で事実問題について新たな証拠が採用されることは滅多にありません。第1審で請求することができなかった「やむを得ない事由」がなければ、新たな証拠は採用されないのです(刑事訴訟法381条の2①)。ですから、第1審で自白しながら控訴審で否認すると言っても、基本的には、第1審で否認できたはずだということで、被告人質問などは採用されませんし、否認の主張自体が取り上げられないのです。幸い、本件では、第1審の被告人質問で、先にヘッドロックをされたという供述が出ていたことや、公務執行妨害罪にならない可能性を控訴審弁護人から初めて教えられたということから、新たな否認の主張が取り上げられて、新証拠も採用されました。

このように、「やむを得ない事由」という高い壁はありますが、控訴審弁護人としては、この高い壁を乗り越えて、高等裁判所に対して、原判決が正義に反していることを訴えていくのです。

半田靖史

長い間、裁判官として、刑事事件を中心にたくさんの事件を担当して参りました。いかなる事件においても、冷静かつ客観的に証拠をみることを心がけてきました。厳しい決断を迫られた事件で、判決宣告のときに声が震えそうになったこともありました。立場は異なりますが、弁護士の仕事にも、このような裁判官時代の経験は役に立つと思っています。とはいえ、弁護士としては駆け出しです。当事務所の先輩弁護士から助言を得ながら、依頼者の皆様の利益を実現すべく力を尽くして参ります。

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