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半田靖史

控訴で判決をくつがえせるのか?

1 控訴審の役割は1審判決の合理性審査

先に顔に殴りかかられて、身を守ろうと反撃しただけなのに、一方的に相手を殴ったとして有罪判決を受けました。被告人は、「相手が先に殴ってきたことは自分が一番よく分かっている。高裁の裁判官ならきっと分かってくれる。」と考えて控訴しました。控訴趣意書では、相手が先に殴ってきたから正当防衛であると一生懸命に訴えて、1審判決には事実誤認(刑事訴訟法382条)があると主張しました。しかし、高裁の裁判官は、たとえ正当防衛かもしれないと思ったとしても、それだけでは有罪判決を破ってはくれません。
それは、刑事裁判の控訴審は、1審の判断が「不合理」でないかどうかを、後から判断する立場だからです。これを「事後審」といいます。最高裁の判例(平成24年2月13日)も、「控訴審が第1審判決に事実誤認があるというためには,第1審判決の事実認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることを具体的に示すことが必要である。」といっています。ですから、高裁裁判官の合議の中で、ある裁判官が「1審判決はおかしい。自分の心証と違う。」と言っても、別の裁判官から「1審判決が不合理であることを具体的に説明できますか。」と聞かれて、答えに詰まってしまうと、結局、事実誤認とまではいえないですね、ということになるのです。
なお、この「事後審」という制度は、証人や被告人の供述を直接聞いている1審裁判所の判断を尊重すべきである、また、証拠調べは1審で集中的に行うべきであって、高裁が事件を掘り返して多くの新しい証拠によって判断するのは不適切である、という考え方に基づいています。

 

2 控訴趣旨書で1審判決の不合理さを突く

そこで、控訴趣意書では、単に真実はこうであったと主張するのではなく、1審判決の事実認定が「論理則、経験則等に照らして不合理であること」を具体的に主張しなければなりません。例えば、1審判決の論理には飛躍があって筋道が通っていない、科学的法則や人間の一般的な行動の在り方に反した推論をしている、Aという情況証拠は被告人が犯人でないとしても存在し得るのに、Aを有罪の重要な根拠にしている、というような主張です。こうした主張こそが、高裁裁判官が1審判決には事実誤認があると決断する材料を提供するのです。
1審判決が不合理であるという主張は、一般的には、1審の判決文にある有罪認定の説明を個別的に批判して行います。冒頭の例に戻ると、例えば、
(ア)被害者は一方的に殴られたと証言したが、被告人の顔にはあざができていた。判決は「被害者が防御していたときに、その手が当たったとも考えられる」というが、根拠のない想像である。先に顔を殴られたという被告人の言い分の方が合理的である。
(イ)事件直後から証言までの間に、事件のきっかけや殴られた状況について、被害者の説明はかなり変転している。判決は「基本的に一貫している」というが、これらの重要な変転を見落としている。
(ウ)判決は「被害者には嘘を言う動機がない」というが、先に手を出したとすれば、むしろ加害者になるのであり、嘘を言う動機がないというのは結論の先取りである。
というような主張です。
また、(エ)被害者の手の甲の写真には赤い傷が写っていて、被告人の言い分を裏付けているのに、1審判決は何も検討していない、というように、1審判決の検討不足を指摘することもあるでしょう。

 

3 裁判官を動かすために

このように、1審判決の不合理な点を個別に指摘することで、有罪という結論自体が不合理であることを論証できることもあるでしょう。しかし、「1審判決の説明にはいくつか問題点があるが、その他の証拠に照らせば、有罪の結論が誤っているとはいえない。」として終わってしまうことも予想されます。合理性審査といっても、実際問題として無罪を勝ち取るためには、「有罪の結論はおかしい」という心証を高裁裁判官に抱いてもらう必要があります。
それには、1審以来の被告人側の基本的な主張、つまり、全ての証拠関係に照らすと、この事件の真相はこうであった(あるいは検察官の立証は不十分である)という主張を、あらためて説得的に展開することが重要です。そして、1審判決は、先に述べた(ア)(イ)(ウ)(エ)のような不合理な判断を重ねたために、被告人側の基本的な主張を正当に評価せず、誤った有罪判決を下したのであると主張するのです。このように、1審判決の個々の不合理さと、事件についての被告人側の基本的な主張とを有機的に結合させることが有効になるでしょう。

半田靖史

長い間、裁判官として、刑事事件を中心にたくさんの事件を担当して参りました。いかなる事件においても、冷静かつ客観的に証拠をみることを心がけてきました。厳しい決断を迫られた事件で、判決宣告のときに声が震えそうになったこともありました。立場は異なりますが、弁護士の仕事にも、このような裁判官時代の経験は役に立つと思っています。とはいえ、弁護士としては駆け出しです。当事務所の先輩弁護士から助言を得ながら、依頼者の皆様の利益を実現すべく力を尽くして参ります。

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