国際取引契約書のつくり方(全4回連載)
▶ 第1回はこちら:「良い国際取引契約書」の3つの基本要素
4. リスクの想定と対応
いかなるビジネスもリスク(損失の危険)を伴うから、リスクが顕在化して期待するような成果を挙げられない場合や想定外のトラブルが発生したときに、いずれの当事者がその損失を負担するかは、当事者にとって重要な問題である。リスクには様々なものがあるが、大きく1当事者に関わるリスク(取引の内部におけるリスク)と2第三者に関わるリスク(外部要因に起因するリスク)に分けて考えると認識しやすい。
前者は、端的に相手方が自らの役割(契約上の義務)を果たさないリスクであり、債務不履行ないし問題行動と言い換えてもよい。後者は、例えば輸送中の事故、第三者による知的財産権侵害の主張、ユーザーからのクレームや製造物責任の追及、市況商品の価格変動ないし調達のリスク、為替や金利の変動リスク、カントリー・リスク(ソブリン・リスク)、法規制の変更、天災その他の不可抗力事由などである。
上記1の当事者に関わるリスクについては、そもそもその当事者(相手方)と取引することを選択する以上、ゼロにすることは不可能である。従って、契約のプロセスを通じ、リスクをできる限り小さくすることを目指すことになる。その方向性は2つある。第1は、直接の契約条件を通じた対応であり、より具体的には、
(i)リスクが顕在化した場合のダメージを小さくする(例えば、売主にとっての前払い条件、買主にとっての後払い条件)、
(ii)相手方の履行のインセンティブを強めることによりリスクが顕在化する可能性を低くする(例えば、違約金ないし損害賠償額の予定〔Liquidated Damages〕)、
(iii)リスクが顕在化する前の早い段階での対応を可能とする(例えば、取引中止や契約解除の根拠となるデフォルト事由の拡張)、
(iv)事後的に柔軟な救済手段を確保する(一般的な紛争解決方法とは区別した保全処分〔injunctive relief〕の定め)といった方法である。
第2の方向性は、第三者と別の契約を自ら締結し、あるいは、相手方に締結させることを通じ、その第三者にリスクを転嫁する方法である。例えば、履行保証(performance bond)、信用状、貿易保険の活用などが挙げられる。
上記2の外部要因に起因するリスクは、理論上、無限に存在するから、そのすべてを想定し対応を考えることは実際的でない。従って、対象とする取引の内容や特性に応じて合理的に予見しうるものを特定したうえで、それらのリスクについてだけ具体的な対応策を構想することになる。その際、契約の当事者間では、各自の役割に関連するリスクはその当事者が引き受けることが自然であろう。輸出入取引の例であれば、引渡し時を基準に危険負担が移転することが通常であるし、また、技術供与契約であれば、第三者による特許権侵害のクレームのリスクはライセンサーが負担するといった分担である。
問題は、いずれの当事者の役割にも必ずしも直結しない類のリスクであり、そのようなリスクについては、契約上、できるだけ相手方の負担とする(相手方に押し付ける)という対応が一応は考えられる。しかしながら、そのようなゼロ・サム的な発想では、結局、交渉上の力関係次第で逆に自社がリスクを押し付けられてしまうかもしれない。また、契約条件としては、相手方にリスクを負担させることに成功したとしても、応能的な観点からすると、そもそも相手方にはそのリスクに適切に対処する能力が欠けているかもしれず、その結果、単に外部要因に起因するリスクが当事者に関するリスクに転換されただけで、実効性のある対策にならない可能性もある。そこで、外部要因に起因するリスクについても、リスクを負担する能力を有する第三者との間で別の契約を締結することを通じ、当該第三者にリスクを転嫁することが選択肢となる。貨物保険や貿易保険を含め、保険契約の活用はそのような方策の典型である。
また、資源やインフラの大規模開発プロジェクトでは、多数の関係者の間で、事業そのものに関わるリスクが、事業活動における役割とともに意識的に配分されることが通常である。例えば、建設工事に係る完工遅延やコスト・オーバーランのリスクは建設工事を請け負うEPCコントラクターが違約金やランプサムの条項を通じて負担し、市況商品の価格変動リスクは固定価格での長期買取契約を通じて需要家が負担し、事業全体の採算性リスクの一部をノン・リコース・ローンを供与する金融機関が分担するといった具合である(「リスクの切り分け」と表現することがある)。
このように、ビジネスに伴うリスクを想定し対策を構想する際には、単一の契約の中でその契約の相手方との間でだけで処理しようとしても限界があるから、より大きな視点から、当該取引に関わる他の関係者を含め、第三者との間で複合的に契約関係を結び、応能的な要素を加味しつつ、それら契約群全体として、適切にリスク配分をするという視点が有用なのである(リスク・プランニングと呼ぶことがある)。
なお、前記のとおり、外部要因に起因するリスクは、合理的に想定し切れないものがある。そのようなリスクについては、不可抗力事由として、取引中止の事由となることを定めることを通じリスクの拡大を防ぐことが、事実上、唯一の対応策となる。ただし、一般的に不可抗力事由に分類されるリスクであっても、例えばカントリー・リスクのように、公的貿易保険や国際機関の制度投融資・信用補完などの利用によってある程度ヘッジが可能な場合もある。
5. 役割、リターン及びリスク負担のバランス
以上のような考慮からは、長期間の取引関係を想定する場合、自社にとってとにかく有利な条件を契約書に盛り込めば足りるわけではないことがわかるだろう。自社に一方的に有利な条件を定めて相手方に諸々のリスクを負担させたとしても、実際にリスク・ヘッジとして有効に機能するとは限らないからである。また、あまりに不利な条件であれば、相手方はリスクに見合った利益を得られないと判断し、取引を継続しようとする意欲を失ってしまうかもしれない。将来に向けてウィン・ウィンの関係を構築しようとするならば、契約書全体として、各当事者にその役割、期待リターン及び能力に見合ったリスクが割り振られていることが重要なのである。



