Picture of <span>遠山秀</span>
遠山秀

個別労働紛争のあっせん・調停(1)

1 労働紛争の行政による解決手続

職場における紛争・トラブルには、大きく分けて、個々の労働者(複数のこともあります)と使用者(会社)との間のもの(「個別労働紛争」といいます)と、労働組合と使用者との間のもの(「集団的労働紛争」といいます)があります。
いずれの紛争類型についても、裁判所における手続とは別に、法律に基づいて、行政機関による裁判外紛争解決手続(英語ではAlternative Dispute Resolutionといい、その頭文字をとってADRと呼ばれることがあります)があり、紛争の解決に大きな役割を果たしています。
すなわち、個別労働紛争については、各都道府県の労働局における紛争調整委員会によるあっせん(俗に「労働局あっせん」と呼ばれています)および調停、ならびに、東京、兵庫および福岡を除く各道府県の労働委員会によるあっせんという制度があります。また、東京都、神奈川県、大阪府、福岡県および大分県では、各府県の労政主管部局などが、条例に基づき独自に紛争解決の支援サービス(紛らわしいのですが、やはり「あっせん」と呼ばれています)を提供しています。
他方、集団的労働紛争に関しては、労働組合法に基づき、各都道府県に労働委員会が設置されて、労働組合からの不当労働行為(団体交渉の拒否、使用者による組合員の不利益取扱い及び組合運営に対する支配介入があります)に関する救済申し立てを専属的に取り扱い、また、労働争議(ストライキのことです)の解決をあっせん、調停または仲裁しています。

 

2 個別労働紛争の行政ADRの概況

個別労働紛争に関する行政機関のADR のうち、労働局あっせんの申請件数は、2021年度(2021年4月~2022年3月)、全国で3760件であり、また、労働局における調停の申請件数は、同じく全国で195件でした。他方、同年度に、東京、兵庫および福岡を除く各道府県の労働委員会が新たに受け付けたあっせんの件数は合計241件でした。さらに、東京都などの労政主管部局などによるあっせんは、同年度で合計391件でした。これに対し、少し時期は違いますが、2020年(2020年1月~12月)に、裁判所が新たに受け付けた労働事件の民事訴訟は3960件、労働審判は3907件でした。
なお、2020年までの5年間、労働事件の民事訴訟および労働審判の件数はおおむね横ばいに推移していますが、行政機関による個別労働紛争のADRは、新型コロナウィルス感染症拡大の影響により、2020年度以降、大きく件数を減らしています。参考までに、2019年度の新規申請件数は、労働局あっせんが5187件、労働委員会のあっせんが310件、都府県の労政主管部局等のあっせんが494件でした(労働局における調停について、2019年度の件数は公表されていませんが、2020年度は126件でした。)。
以上のとおり、件数で比較すると、行政機関による個別労働紛争のADRは、全体として、裁判所における民事訴訟および労働審判に匹敵する規模となっており、特に労働局あっせんと、裁判所における民事訴訟および労働審判の3つが、個別労働紛争解決の主要な手段となっていることがわかります。

 

3 労働者にとっての労働局あっせんのメリット

それでは、なぜ労働局あっせんは、それほどまでに利用されているのでしょうか。それは、利用者にとり、民事訴訟や労働審判にはないメリットがあるからです。労働審判や民事訴訟と対比しつつ、まず労働者の立場から見てみましょう。
第1のメリットは、利用のしやすさです。労働者が職場でトラブルに直面したとき、第三者の相談窓口として、最初に思い浮かべるのは労働基準監督署であることが少なくありません。労働基準監督署は全国に321署と4支署、各都道府県に3カ所以上ありますので、比較的アクセスが容易です。各労働基準監督署(支署をふくみます)には、「総合労働相談コーナー」という相談窓口が設置されており(各都道府県の労働局にも設置されています)、平日の営業時間内であれば、予約なしにいつでも相談することができます(労働局の総合相談コーナーだけは、事前の電話予約が必要とされることがあります)。総合労働相談コーナーであっせんの利用を申し出ると、申請書の様式を入手することができ、その記載方法などについて、相談員に相談することもできます。申請書に必要事項を記載して提出すれば、それで手続が開始されます(相談をした日に、そのまま申請に至ることも少なくありません)。労働局あっせんを申請する当事者(申請人といいます)は、労働者であることが圧倒的に多いですが、弁護士など専門家の協力がなくとも、独りで申請することが可能ということです。
また、労働局のあっせんは無料の行政サービスであり、行政機関に支払う手数料などは一切ありません。これに対し、民事訴訟や労働審判には、裁判所に納める手数料や郵便代等(訴訟費用といいます)が掛かります。また、当事者本人が自分で手続を行うことは容易でないので、通常は弁護士を雇うことになりますが、その弁護士に対する報酬の支払いも必要です。従って、金銭的な負担の面では、労働局あっせんは圧倒的に利用しやすい手続であるといえます。

遠山秀

社会課題の解決に取り組み、新しい法領域に積極的にチャレンジして、実践の成果を依頼者の皆様と分かち合っていきたいと考えています。