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遠山秀

個別労働紛争のあっせん・調停(2)

第2のメリットは、手続が終了するまでの時間が短いことです。申請後、相手方(「被申請人」といいます)が参加を応諾すれば、平均しておおむね2か月以内に、労働局に出頭してあっせんに参加する日時が指定されます(「期日」といいます)。期日は原則として1回だけであり、通常は2時間程度です。労働局のあっせんは、基本的に任意の話し合いの延長ですが、紛争なりトラブルをいかにして解決するかについて、双方の当事者が合意に至れば、その内容を合意書という文書にまとめ、これを締結してあっせんは終了ということになります(紛争・トラブルの解決です)。
なお、申請をするタイミングは、紛争・トラブルが生じているのであれば、いつでも構いません。解雇という場面を例にとると、何の前触れもなくある日突然解雇を言い渡されるケースは比較的少なく、むしろ事前の面談で上司から仄めかされたり、職場の人間関係や雰囲気が大きく変化したりと、労働者本人が事前に予期できるケースの方が一般的です。そのような段階であっても、労働局のあっせんを申請して差し支えありません(ただし、あっせんの期日は、実際に解雇されてから開かれることになるかもしれません)。
これに対し、労働審判の場合、裁判所に申立てをしてから事件が終了するまでの期間は、平均して約3ヶ月程度です。直近では、新型コロナウィルス感染症拡大の影響で、この期間がやや長期化しています。労働審判は、労働者が自分で申立てをすることが禁じされているわけではありませんが、申立書の記載事項や添付書類等について細かなルールがあり、また、法令や過去の裁判例に準拠した説得力のある内容の申立書を作成するにはそれなりに技術が必要ですので、現実には、やはり弁護士を依頼する必要があり、裁判所もそれを勧めています。
弁護士に依頼するためには、まず弁護士を探し、法律相談をして、引き受けても条件を決めて委任契約書を作成するといったプロセスが必要ですので、それだけでもそれなりに時間が掛かります。また、弁護士が事実関係を検討して申立書を作成し、併せて裁判所に提出する証拠を準備するのにも、ある程度時間が必要です。さらに、労働審判の場合、申立てに先立ち、当事者間で解決に向けた交渉をすることが、事実上、義務付けられています(申立書に交渉経緯を記載することが規則で定められています)。そのため、しばしば弁護士は、使用者(会社)に対し、依頼者である労働者側の要求事項を文書で通知したりしますが、それに対する使用者側の反応次第で、このやり取りにも時間が掛かることがあります。
このように、労働審判については、申立てに先立ち、ある程度の準備期間が必要です。一般化は難しいですが、弁護士探しを始めるときから数えると、申立てに至るまでに2~3ヶ月掛かっても不思議ではありません。さらに、前述した解雇のようなケースでは、実際に解雇が決まる前の段階では、なかなか弁護士に依頼しにくい(本当に解雇されるかどうか宙ぶらりんな状態では、報酬を払ってまで弁護士を雇うことはためらわれるし、弁護士の側でも具体的なアクションをとりずらい)のが実情です。
以上のとおり、労働審判は、申立から終結までの時間は約3ヶ月と、労働局あっせんの約2か月と比べて大きな差はないものの、申立てに至るまでの時間については、かなりの差があるということになります。
従って、手続が終了するまでの時間が短いことは、やはり労働局あっせんの大きな利点であるといえます。
民事訴訟の場合、労働審判と比べても終結までにさらに長い時間が掛かります。どのくらい時間が掛かるか、簡単に述べますと、民事労働訴訟事件の平均審理期間は、2020年には15.9月で、徐々に長期化する傾向にあります。この数字は、裁判上の和解で終了した事件を含む平均値であり、人証調べ(証人や当事者本人の尋問のことです)を行い判決で終了した事件に限ると、平均審理期間は2年を超えています。さらに、一審判決に対する控訴や控訴審判決に対する上告の可能性を考えると、民事訴訟では最終的に決着するまで相当な時間が掛かることを覚悟せざるをえません。
なお、事実上、弁護士を依頼する必要があること、訴訟を提起するためにそれなりの準備期間が必要であることは、労働審判について述べたところとほぼ共通です。
第3のメリットは、裁判所には持ち込みにくい事件であっても、受け付けてもらえる可能性があることです。このメリットがある例として、3つの類型を紹介します。
1つ目の類型は、労働者の請求が、法律や過去の裁判例に照らし認められにくい(法的な権利が侵害されたとは評価しづらい)ケースです。裁判所は、もともと法律に基づいて権利義務関係を判定する機能・役割を担っていますので、法律に基づく権利行使とは評価しがたい請求に対しては、救済に消極的となる(平たく言えば、「冷たい」と言い換えてもよいかもしれません)傾向があります。例えば、上司や同僚によるいわゆるパワー・ハラスメント的な言動を理由とする損害賠償の請求について、ある言動の受け止め方は人それぞれですが、裁判所は、「平均的な労働者の感じ方」を基準に社会通念上許容される範囲を超えて人格的利益を侵害する言動であったか(「受忍限度」を超えていたかと表現されることもあります)、という観点から違法性を判断することが多いです。その結果、労働者本人としてはある言動によって精神的にひどく傷ついたとしても、裁判所の評価としては、違法ではない(従って、損害賠償は認められない)という結論となることがしばしばあります。また、例えば暴力やひどい暴言などの特徴的なエピソードが存在せず、小さないじめや嫌がらせが続いていたというようなケース(私は、勝手に「低温やけど」型などと呼んだりしています)では、労働者本人にとっては不愉快な状態が長く継続していたとしても、違法という評価に至らないことも少なくありません。
他方、労働局あっせんは、裁判所とは異なって、当事者間の権利義務関係の判定やその前提となる事実関係の認定を目的とする手続ではなく、現に生じている紛争なりトラブルについて、当事者同士知恵を出し合って解決しようという手続です。そのため、法律上は違法とまでは評価できない行為に対しても、使用者から損害賠償的な意味合いでの金銭支払いをしてもらったりすることにより(名目としては「解決金」や「見舞金」といった表現が用いられます)、紛争を解決するという対応が可能です。
なお、こう書くと、あたかもいわゆる「難癖」や「因縁」のような請求に対しても金銭的な解決が行われているかのような印象を持たれるかもしれませんので、少し丁寧に説明します。たとえば、ハラスメント事案では、対象となる言動の存否(例えば、「○○○○」という表現の発言があったかどうか)については当事者間の認識に大きな差はないけれど、その趣旨や評価については当事者間の言い分に食い違いがあることが少なくありません。例えば、使用者ないし発言者は、業務上の指導のためであったと説明するが、他方、労働者はことさらに自分を貶めようとする目的であったと主張するケースです。このようなケースでは、前記のとおり、「平均的な労働者の感じ方であればどうか」とか、「社会通念上許容されるかどうか」といった基準を持ち出すと、当該セリフだけでなく、発言の態様(声の大きさ、口調、表情などです)や前後関係(文脈)などについて、厳格な事実認定が必要となり、なかなか決着しなくなります(どうしても時間が掛かります)。しかしながら、その言動によって労働者が不愉快な思いをしたかどうかというレベルでは、使用者側もこれを否定せず、労働者本人の話を聞いて、そうであればそれに見合った金銭を支払うことで気持ちを鎮めてもらおうという判断に至ることがしばしばみられます。社会生活においては、ちょっとしたことで他人を傷つけたり傷つけられたりすることは頻繁にあります。そのすべてについて違法かどうかと言われても簡単に結論は出ませんが、相手がそれによってひどく傷ついたと言っているのであれば、法律上の責任うんぬんは棚上げして、少額の金銭支払いをすることにより納めてもらおうというのは、むしろ一般の市民感覚に合致し、社会通念に照らしても、まっとうな解決方法と考えられるでしょう。多数の労働局あっせん事案の分析をもとに、我が国における雇用終了の実態を調査・研究した成果として、『日本の雇用終了-労働局あっせん事例から』((独)労働政策研究・研修機構、2012)という書籍がありますが、そこでは、日本の労働社会には、成文法や判例法を通じて形成されてきたいわば「硬い」ルールとしての労働法とは必ずしも一致しない、暗黙のルール、「生ける法」としての社会規範(民衆の労働法といったニュアンスの「フォーク・レイバー・ロー」という表現が用いられています)が存在していると指摘されています。労働局あっせんでは、まさにこの「フォーク・レイバー・ロー」をも規範として参照しつつ、市民感覚に根差した紛争解決が図られていると評価できるのではないでしょうか。

遠山秀

社会課題の解決に取り組み、新しい法領域に積極的にチャレンジして、実践の成果を依頼者の皆様と分かち合っていきたいと考えています。