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<span>島田陽一</span>
島田陽一

大学に潜むリーガルリスクの背景

大学は、さまざまなリーガルリスクが潜んでいる。ここ2年ほどに限っても、もちろん内容は多様であるが、大学をめぐる裁判例は、私が確認できただけでも約70例ある。大学の一部については、以前から病院と同じようにワンマン経営的なガバナンスが指摘されてきた。しかし、ある程度ガバナンスが整備されている大学における法的紛争が少なくなく、そこには大学特有のリーガルリスクが潜んでいると思われる。

大学は、その経営陣のトップに教員が座ることが多い。学校法人の理事長は、教員とは限らないが、教学組織のトップ、すなわち学長は、教員が独占する地位である。教学組織のガバナンスは、経営的能力を問われるが、教員のほとんどは経営の素人であり、これを職員が支える構造となっている。この構造自体に多様なリーガルリスクが潜んでいる。しかし、大学のリーガルリスクは、長い間、「大学の自治」の名の下に、企業並みのコンプライアンスが求められてこなかったという事情も見逃すことができない。

国立大学が独立行政法人化されて、教員身分が国家公務員から一般労働法の適用になるまで、私立大学は、教員を労働者として処遇していたものの、労働関係法規をこまめに遵守するということがなく、行政もそれを事実上黙認していたのである。実際、大手の私立大学では、教員の就業規則を制定していないことが珍しくなかった。しかし、国立大学が独立行政法人に伴って就業規則などを整備したことが契機となって、大手の私立大学でも就業規則の制定が進んだのである。ちなみに、専門業務型裁量労働制の適用業務に「教授・研究」が追加されたののこの時期であった。教員組合の中には、就業規則の制定が教員に対する管理強化になるという観点からそもそも就業規則の制定に反対という労働法制の常識ではありえない主張もするむきも少なくなかったのである。実は、さまざまな経緯があるが、この時期まで、大学教員については雇用保険の適用が免除されていた。

このような大学を聖域化するような特例的な取扱いは、現代社会ではすでに通用しなくなっている。しかし、大学においては、とくに教員がこの変化を敏感に受け止めておらず、その結果、これまでの労務慣行が漫然と継続しているところが少なくないのである。ここに大学がリーガルリスクの高い職場である根本原因がある。

大学に関する裁判例を見ると、ハラスメントに関する事案がもっとも多い。ハラスメント事案が多いのは、大学に限らず、一般的傾向ではあるが、大学の事例を見ると、教員の研究教育の自由を尊重してきたことが結果的に学生・院生に対するハラスメントを生み出す背景となっていることが多い。大学教員と学生・院生との関係は、緊密な人間関係が生ずる。このこと自体は、学生・院生からしても、大学教員の指導を身近に感ずることができるほど満足度が高いことから、悪いことではない、ただし、経験的には、そこに多くのハラスメントを産む温床があることも間違いない。この例に示されるように、現代では、これまでの大学教員の常識をあらためて問い直し、大学教育のあり方を再考する時期を迎えているのである。大学は、大学教員に対して、現代に要請されるリスクマネジメント教育が決定的に重要である。しかしながら、ハラスメント、研究倫理に関する一般的な研修はあるが、このような観点から総合的な研修を実施している大学は必ずしも多くないのではないだろうか。ハラスメントに限らず、大学教員にどのようなリーガルリスクがあるかを大学として認識し、改めて大学教員に対して総合的な研修することは、大学が思わぬリーガルリスクを回避するために必要不可欠になっていると言えよう。

島田陽一

2006年に弁護士登録。1996年4月から2023年3月まで、早稲田大学法学学術院にて労働法を担当。2004年早稲田大学法務研究科設立以来、リーガルクリニック授業において労働実務を経験。労働法学会代表理事、日本労使関係研究協会理事、日本労務学会理事などを歴任。中央労働委員会公益委員、また、早稲田大学においては、学生部長、キャンパス企画担当理事、常任理事・副総長を歴任し、大学行政に深く関与。法務省司法試験考査委員、内閣府規制改革会議専門委員、消費者庁「公益通報者保護制度の実効性の向上に関する検討会」委員などを務めた。また、現在、厚生労働省「医師の働き方改革に関する検討会」委員、労働政策研究・研修機構外部評価委員、個別労働紛争解決研修運営委員会委員を務めている。