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島田陽一

学校法人のガバナンス強化に必要な法務とは何か?:私立学校法改正に向けて

私は、早稲田大学において労働法担当の教員でしたが、同時に大学本部の学内行政に12年間携わった経験があります。とくに、2014年から2018年にかけて、学校法人統括担当の常任理事・副総長を務め、大学のガバナンスに深く携わる機会がありました。国立大学の行政法人化に至るまでは、教員の労務については、それまでの慣例に依拠し、コンプライアンスの観点から十分な整備がなされていませんでした。私は、教員についても、コンプライアンスの観点から大学教員の専門業務型裁量労働制及び中学・高等学校教員の1年単位変形労働時間制の導入などを教員組合との合意を得て進めて参りました。また、大学教員の懲戒制度の整備についても教員の方々の様々な意見を取り入れつつ、法人が責任を持てる仕組みを構築しました。また、懸案事項であった大学年金改革も行い、新任教員からは確定拠出型年金制度の導入を実現し、さらに、配偶者手当を廃止し、それを原資として子ども手当の増額を図りました。加えて、非常勤講師組合の方々とも、団体交渉を通じて、当初の険悪な雰囲気を解消し、多くの相違点を残しつつも、労使の基本的な信頼関係を築きました。

このような経験を通じて、私立大学のガバナンスには、適切な法務的観点を踏まえた、積極的なガバナンスの構築が何より重要であるという確信を得ることができました。従来は、私立大学が法務に頼るというのは、何か具体的な問題が発生した場合に、それに対する対応が中心であったように思います。しかし、それでは、本当の意味で、大学ガバナンスの発展にはつながらない対症療法に終わっていますのではないでしょうか。私は、1999年以来長年にわたって、大学のハラスメント対策に携わって参りましたが、ハラスメントに対する認識の深まりはあるものの、残念ながら同じようなハラスメントが繰り返されるということを経験しました。それは、ハラスメント事件の一応の解決をしても、個別対応に終わってしまい、それが大学の構成員全体の認識の発展につながらないという状況が続いたからです。このことは、私自身の反省でもあります。

このハラスメントの例でも明らかなように、大学のガバナンスの強化が求められるなかで、大学にとって必要な法務とは、個別事案の対応として法務を利用するのではなく、より積極的に大学のガバナンスの発展のために攻めの法務の利用が必要ではないかと考えるに至っております。

私立大学をめぐる状況は極めて多様です。そのことは、私自身が文科省大学設置審議会の学校法人分科会の一員として、大学の設置申請手続きなどの経験によって実感したところです。しかし、大学を社会のニーズに応える個性あるものに発展させたいという思いは、学校法人に共通する願いであることも痛切に感じて参りました。

私立学校法の改正により、大学のガバナンス強化は、待ったなしの局面を迎えています。このような動きに受動的に対応するのではなく、大学の発展の好機を捉えて積極的に総合的な施策を展開することが必要なのではないでしょうか。このことは、大学だけではなく、学校法人すべてのとっても大きな課題と思います。

島田陽一

2006年に弁護士登録。1996年4月から2023年3月まで、早稲田大学法学学術院にて労働法を担当。2004年早稲田大学法務研究科設立以来、リーガルクリニック授業において労働実務を経験。労働法学会代表理事、日本労使関係研究協会理事、日本労務学会理事などを歴任。中央労働委員会公益委員、また、早稲田大学においては、学生部長、キャンパス企画担当理事、常任理事・副総長を歴任し、大学行政に深く関与。法務省司法試験考査委員、内閣府規制改革会議専門委員、消費者庁「公益通報者保護制度の実効性の向上に関する検討会」委員などを務めた。また、現在、厚生労働省「医師の働き方改革に関する検討会」委員、労働政策研究・研修機構外部評価委員、個別労働紛争解決研修運営委員会委員を務めている。