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河﨑健一郎

早稲田リーガルコモンズ法律事務所による大学と連携した法曹養成のあり方

早稲田大学における臨床法学教育の実践には伴走する組織が2つある。一つが弁護士法人早稲田大学リーガル・クリニックであり、いま一つは筆者が代表を務める早稲田リーガルコモンズ法律事務所(以下、「リーガルコモンズ」という。)である。

リーガルコモンズはこの10年間にわたって早稲田ロースクールの臨床法学教育において一定の役割を果たしてきた。また3年前から、法学部で開始した臨床法学教育においても一定の役割を果たしている。リーガルコモンズでの臨床法学教育の取り組みについてご報告したい。

リーガルコモンズは皇居の北の縁に当たる九段下駅からほど近く、東京法務局の向かいの建物に所在し、現在、およそ30名の弁護士と20名のスタッフが所属する法律事務所である。総合法律事務所を標榜しており、取扱分野は企業法務が半分、また、一般民事や家事、刑事と言った市民法務が半分と幅広く扱っている。

リーガルコモンズの最大の特徴は、早稲田ロースクールの初期の卒業生が中心になって創設され、また、創設の当初から、ロースクールでの臨床法学教育に寄与することを主要な目的の一つとして設立された点である。

なぜそのような事務所が出来上がったのか。

2004年、司法制度改革に基づいて全国に一斉に法科大学院が設立された。そうした中、早稲田大学も改革の理念に忠実で野心的なロースクールを設立した。そうした理念に共感し、多くの学生が早稲田ロースクールに1期生として集まった。筆者もそうした学生の一人だった。大学卒業後に5年間勤務していた会社を辞して入学した、いわゆる社会人出身の未修者であった。

当時の早稲田ロースクールでの授業は理想に燃えていた。臨床法学教育研究所を中心とする非常に野心的で積極的な臨床法学教育プログラムが企画・実践され、筆者らはその最初の受講者となった。非常に充実したプログラムの中で、実務に関する知識を得られたことはもとより、その後の実務家としての進路の選択に影響を与えるような刺激的で深い体験を得られたことが、豊かな記憶として私たちの中に残っている。これこそが、社会人としてのキャリアを一旦中断してまで飛び込んだ筆者らが、求めていた実務家養成のための高等教育だと感じた。

入学後、学生の取りまとめ役をしていた筆者は、卒業したのちにOB・OG会組織を立ち上げた。また、修了生の仲間と共に、司法試験に挑戦する後輩のための指導の枠組み整備にも取り組み、その取り組みは、法務研究科と協力する中で、修了生によるアカデミックアドバイザー制度として定着した。

ロースクール1期生が実務に就いて4年経った2012年のことだった。当時、実力はあっても、社会人出身で年齢が高い、女性であるなどの理由で就職先が限られることが問題となっていた。そうした中で、ロースクールで民事訴訟法を教えていた遠藤賢治教授(元裁判官)が、修了生主体で多様な人材を受け入れることができる法律事務所を立ち上げられないかと考え、当時法務研究科の執行部を構成していた石田眞教授、古谷修一教授を通じて筆者に相談を持ちかけた。

遠藤教授にはそのような志と法曹としての豊富な経験があるものの、弁護士としての実務を担う時間はない。一方で筆者ら若手の修了生には豊富な時間と活力はあるが、法曹界でのレピュテーションや人脈は不足している。この両者が結合した上で、現役のロースクール生を定期的に受け入れ、一緒に事件を処理することを通じて臨床法学教育の実を上げていくことはできないか、そのような話がたちどころに整った。教育などの貢献に対してロースクールから支払われる一定の対価は事務所財政にも寄与するだろう。意気投合した私たちは、このような枠組みを作ることとなった。

この取り組みは早稲田リーガルコモンズプロジェクトと名付けられ、日経新聞で大きな記事になった。設立パーティには早稲田大学総長や弁護士会の会長、最高裁判事なども駆けつけ盛り上がりを見せた。

当時の新聞記事を見ると。当時の法務研究科長だった石田眞先生が、「早稲田大学法務研究科はOB・OGの若手弁護士らが設立する弁護士事務所と連携して法曹養成を進める新しい教育プロジェクト『早稲田リーガルコモンズ・プロジェクト』を4月からはじめる」と述べている。

これは事務所設立後に知ったことだが、アメリカ西海岸の名門大学、カリフォルニア大学バークレー校(UCB)のロースクールには、実は当事務所と同じように、卒業生が中心になって設立された法律事務所であるEastBay Community Law Center (EBCLC)が存在する。卒業生が自主的に立ち上げた法律事務所であるにもかかわらず、UCBと複数年契約を結び、多くの学生を受け入れて臨床法学教育の成果を上げている。リーガルコモンズではご縁を得て、これまで2名のメンバーをEBCLCでの研修に送りその知見を学ぶことに努めている。海を隔てて、お互いに何の連絡もない中で、同じように、ロースクールを中心としたコミュニティ形成を考え、実践した先達がいたことを知ったことは、リーガルコモンズにとっても大きく励まされる出来事であった。

さて、そのような鳴り物入りで誕生したリーガルコモンズでは、どのような臨床法学教育に取り組んでいるのだろうか。その具体的な成果についてご報告したい。

第一に、「コモンズエクスターン」というプログラムを実施している。当初このプログラムは、弁護士1名に対して学生数名がついて、数ヶ月間にわたって生の事件に一緒に実際に取り組みながら、法律相談にはじまって訴状や答弁書、準備書面の起案や尋問事項案の作成を一緒に行い、法廷や交渉の現場にもできるだけ同行して実際にその事件が解決していく過程を体験するものとして開始した。これは、筆者ら初期の早稲田ロースクールの学生が、当時のクリニック教育で体験してきたことと非常に似通ったものだった。

学生が主体になって調べて起案した準抗告が認容されて被疑者の身柄が解放されたり、債権者との交渉で債務の免除を受けて暮らしを再建する過程を一緒に体験したりと、事件処理を通じて実務そのものをダイレクトに学ぶことができるため、学生のモチベーション向上にも大きく寄与するものだった。

一方で、学生の熱が入るあまり、プログラムにかなりの長時間を費やしてしまって、他の科目の勉強や受験勉強の方が疎かになってしまう例なども出始め、また、正式な単位認定科目としては設置していなかったので、学習計画の中に組み込みにくいなども課題も認識され始めた。

そうした中、正式な単位認定科目として再構成し、また、シミュレーション主体のプログラム内容に組み替えてはどうかという話になった。当事務所が新人弁護士向けに行なっている内部研修をベースに、ロースクール生でも無理なく挑戦できるように水準を調整したものを用いることとなった。2022年に実施したプログラムの内容では、5日間にわたって、15コマの実践的な内容のシミュレーションが詰め込まれている。法律相談や接見に始まり、担当弁護士が実際に取り組む個別法分野の具体的な事件の話などにも触れる内容となっている。

たとえば民事証人尋問の講座では、実際の事件記録をもとに、尋問対象を選び、尋問事項案を検討してもらった上で、担当弁護士を証人に見立てて、実際に証人尋問のシミュレーションを行なう。ここでは意見と評価を峻別すべしという、法律家であれば誰もが頷くような非常に重要なポイントについて、実践の中で学べるように工夫されている。

このシミュレーション形式を大幅に取り入れた新しいコモンズプログラムは好評を博した。限られた時間の中で成果を上げるという観点から有意義なプログラムになったが、以前のように生の事件を通じて共に学ぶ時間を過ごしたい、という思いは筆者らの中に強く残った。

そこで「ケースプログラム」という名称で、あくまで単位外の任意参加という位置付けではあるが、特に熱心な学生に向けて、実際の生の事件を用いた臨床法学教育の機会を提供することになった。

これを、司法試験受験後の比較的余裕のある時期の修了生に向けて提供するコンテンツとして整備したものが「コモンズサマークラーク」である。大手事務所などが実施しているサマークラークと同様に、実際に事務所に来てもらって、所内で執務しながら、具体的な事件の解決に一緒に取り組む内容となっている。「コモンズサマークラーク」に関しては早稲田ロースクール以外の学生も選考対象とし、お互いに切磋琢磨する中で、より得るものの多いプログラムになるよう工夫を凝らしている。

「コモンズエクスターン」と「サマークラーク」およびその前身の「ケースプログラム」全体で、これまでにのべ325名の学生を受け入れてきた。

 

 

これらに加えて、ロースクールの未修者支援ということで、弁護士法人早稲田大学リーガル・クリニックと共同で、「法実務入門」という、これもシミュレーション形式の実務教育に関与している。

これらが、ロースクール在学生および修了生に対するリーガルコモンズのプログラム提供であるが、その設立の経緯から、司法試験に合格したのちの新人弁護士を受け入れて、その走り出しを支援するということにも取り組んでいる。

これを育成弁護士制度と呼んでいる。過去に29名を受け入れ、そのうち18人が巣立っていった。巣立った弁護士は、東京のほか、山口、徳島、京都、静岡、神奈川、千葉などでそれぞれ自分の事務所を運営するなどして活躍したり、インハウスとして企業の中に入り、活躍しているメンバーも複数存在する。

いま、ロースクールを大波が襲っている。それは「3+2」という制度改正に加えて導入される在学中受験がもたらす教育期間の短縮化の波である。既修コースで入学した学生は、たった1年後には司法試験を在学中受験することとなり、そのタイトなスケジュールの中で、臨床法学救育の時間が奪われかねないという懸念がある。

そうした中、当事務所では、3年前から、早稲田大学法学部に対するコンテンツ提供も行ないはじめている。これは法学部の側から、より早い段階での実務教育の提供を考えられないかと相談を受け、共同して開発したものである。

2021年度は37名の応募者の中から20名に参加してもらい、刑事と民事・公益の二分野について取り組んだ。刑事は映画の「それでもボクはやっていない」を鑑賞しながら、実際に法曹の立場に立った模擬裁判に取り組むというものであった。学生たちは被告人役からヒアリングを行なった上で弁護団会議を行い、被害者への反対尋問や弁論にも取り組んだ。こうしたプログラムへの参加を通じて、法曹の道に進むことを決めたと言ってくれた参加者が何人もいたことは、筆者らにとってもとても嬉しいことであった。

法学部生の場合、ロースクール生と異なって、専門的に法律知識を学ぶ時間は限られているが、だからといって臨床法学教育に不適当ということにはならない。むしろ、法律脳に変わりきらない頭の柔らかいうちに、体験を通じて法曹の仕事を肌で感じることは、進路選択やモチベーション向上の観点からも大きな意味があると考えている。

実際、評価アンケートにも非常に熱心に回答を寄せてくれており、毎年少しずつ規模を拡大しながら、今後もコンテンツとして充実させていければと考えている。

法科大学院教育がスタートしたときに、司法試験のような点での選抜ではなく、スクール形式の線での教育への転換が謳われた。いま、「3+2」と在学中受験の流れの中で求められているのは、ロースクール単体を見て臨床法学教育をとらえるのではなく、その前の学部段階、場合によっては高校での法教育などのさらに遡ったところから臨床的な法学の学びの機会を提供し始める、「線での臨床法学教育」を再構築することではないだろうか。また、更に進んで、修了後に実務家となってからは臨床法学教育を提供する側に回って共に学び続ける、そのような広い意味でのラーニングコミュニティの形成が求められているのではないだろうか。ただ大学組織のみで教育の全てを担おうとするのではなく、大学の周辺にそのようなラーニングコミュニティを形成することができるかどうかが、法科大学院という制度が文化として定着していけるかどうかを考える上での大きなポイントになっていくのではないかと筆者は考えている。

リーガルコモンズでの実践を通じて、ラーニングコミュニティを形成していく活動を続けていきたい。

河﨑健一郎

早稲田リーガルコモンズ法律事務所も30人近くの弁護士を抱える規模に成長しました。 所属弁護士それぞれが、自己の専門分野を持ち、日々、精錬に努めています。 どのようなご相談をお受けしても、所内にてチームを組んで迅速にご対応できる体制が出来つつあります。ぜひお気軽にご相談ください。