Q.学生が研究にあたり人工知能(AI)を開発し利用したいと申し出てきました。人工知能(AI)のシステム開発や人工知能(AI)により生成された生成物の利用にあたっての注意事項はありますか?
A.著作物の人工知能(AI)への利用についての議論が途上であることを理解し、人工知能の開発・利用それぞれの場面で著作権法30 条の4の規定に違反しないよう注意を払う必要があります。
◎人工知能と著作権法の概観
わが国の著作権法は、2012(平成24)年の改正時に、人工知能のみならずIoT やビッグデータの利活用などを念頭において法30 条の4という規定を新設しました。同条は、著作物を情報解析や「著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合(「非享受目的」と称されます)」は、「その必要と認められる限度」で利用できると定めています。「当該著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合」における利用こそ除外したものの、AI 開発など、著作物を学習素材として使用するにあたってのハードルは極めて低くなりました。
他方で、Chat GPT をはじめとする生成型の急速な技術革新により人工知能が人間とほとんど変わらない著作物を生成する時代が到来しました。AI が特定の著作者の創作物を模倣して新たなイラストを作り出してしまうことも出来るようになっており、主に創作活動に携わるクリエイターからは、技術開発を創作活動に優先させた現行法制度への批判の声も挙がっています。
◎人工知能の開発と著作権
著作権法30 条の4第1項の定めのとおり、人工知能の開発にあたり、著作物を学習データとして使用し学習させることは、多くの場合著作権を侵害しません。
他方で、例えば特定の著作者の創作物の作風を忠実に模倣するために、特定の著作者の著作物のみを学習させたり、学習したデータをそのまま生成したりする可能性があるシステムを構築し、当該システムに著作物を学習させることは、著作権侵害のリスクがあります。なぜなら、かかる態様での学習は、情報解析や研究開発の目的のみならず、学習に使用された著作物の創作的表現を享受する目的が併存していると評価され、「非享受目的」とは言い切れないからです。
著作権法30 条の4第1項は「非享受目的」が併存している場合、著作権者の利益への不当な侵害といえる場合、そして利用の範囲が「その必要と認められる限度」を超えている場合には適用されません。どのような場合が、これらの規程に抵触するかは、今後の判例・裁判例の蓄積が待たれるところですが、少なくとも上記のような例はもちろん、違法に取得したり学習データとしての収集を回避する技術的措置が講じられているデータについて、その技術的措置を回避して学習データに用いたりするような行為は厳に避けるべきです。
◎人工知能の利用と著作権
人工知能を利用して生成された文書や画像などの生成物(以下、便宜的に「生成物」とよびます。)は、著作権との間でどのような問題が生じるでしょうか。
まず、生成物が、他の人の著作物を模倣したり依拠したりしたものであると判断される可能性があることに気をつけるべきでしょう。人工知能はまれに、学習データとして読み込んだ著作物と著しく類似性のある生成物を生成する場合があります。このような著作物は、著作権者の翻案権を侵害したものとみなされる可能性があります。生成物を利用する前に、それがすでに成立している著作物を模倣したり依拠する著作物となっていたりしないか確認をする必要があります。なお、言うまでも無いことですが、特定の著作者の著作物をことさらに模倣することをプロンプト(AI への指示)として入力した場合は権利侵害の危険性が増しますので留意が必要です。
また、インターネットで提供されている生成型AI サービスを利用する場合には、当該サービスにおいて生成物の権利関係がどのように定められているかも確認されることをお勧めします。生成型AI サービスの利用規約にて生成物の利用態様を制限している場合にはそのルールを守る必要があります。なお、すこし難しい問題として、そもそも人工知能による生成物が著作物にあたるのかという問題があります。
生成物が著作物といえるためには、それが「思想又は感情を創作的に表現したもの」であることを要します(著作権法2条1項1号)。そのため、その域に達しない単純な生成物については著作権の客体にならないことは争いがないでしょう。
では、複雑な生成物は著作物に該当するのでしょうか。著作物に表現される「思想又は感情」は「人」のそれであることを要すると考えられています。すなわち、「人」が生成したものではなく、単にプログラムが生成したにすぎない文書や画像等の生成物には人の「思想又は感情」が表現されておらず「著作物」には該当しないということになるように思われるのです。
例えば、「飲食物のイラストを書いてほしい」というプロンプト(AIへの指示)を書いた人が、人工知能が生成したイラストを「創作した」と言えるでしょうか。このような、短く単純なプロンプトを入力する行為が「創作活動」すなわち「思想又は感情」の表現、すなわちイラストを自ら書く行為と同視ことができるかと聞かれれば、それは難しいと感じるように思います。そうであれば、上記のような結論には、妥当性があります。
他方で、複雑な場面設定や自作小説の場面をプロンプトとして入力してイラストを生成し、その後も細かく修正のプロンプトを人工知能に入力した成果として生成されたイラストはどうでしょうか。このような複雑な作業をした人の作業は、イラストを自ら書いた人と同視しうるような「創作活動」と言える余地もあるように思います。そうなると、このイラストには、プロンプトを入力した人の思想又は感情が表現されていると言いうる、すなわち生成されたイラストが著作物として認められるべきであるようにも思えます。誤解をおそれずに言えば、人工知能を絵筆や絵具の代替物かのように使用した場合にまで、生成物を著作物ではないと認めてよいかという問題があるわけです。
このように、人工知能にプロンプトを入力した人の作業の量や質によって、生成物が著作物にあたるか否か判断がわかることに結論の不安定さがあることは否めませんが、いずれにしても、AI の利用にあたってはこのように法的に議論が未整備な部分があることに留意が必要です。
なお、この議論の先には学習データを工夫してAI システムそのものを制作した人にこそ創作的な寄与が認められるのだという議論もあることは付言が必要でしょう。
◎議論を注視する必要性
いずれにしても、人工知能と著作権に関する考え方は、本書執筆時点でも日進月歩で議論が進んでいる途上です。著作権法を所管する文化庁はもちろん、内閣府(知的財産戦略推進事務局)、総務省や経済産業省など各官庁が人工知能と著作権に関する様々な論点整理やガイドラインを取りまとめていますので、これらの情報を収集することが必要不可欠です(執筆者としては2024(令和6)年7月31 日付で文化庁著作権課が作成した「AI と著作権に関するチェックリスト&ガイダンス」が良くまとまっていておすすめです)。
人工知能の開発に取り組むにあたってはこのような議論の現在地をフォローし逐次その知見をアップデートする必要があることを忘れないでください。
この記事の内容は、『学校運営の法務Q&A』(旬報社)をもとにお届けしました。教育現場のトラブル回避や法的対応をサポートする信頼の一冊。全国の書店やオンラインストアでお求めいただけます!
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