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原島有史

なぜハラスメントは撲滅すべきなのか

今回、東証一部上場企業において営業係長としてドライバー管理・営業等の業務を行っていた被災者が、上司からの度重なるパワーハラスメントを受けたこと等により、勤務先の建物から駐車場に飛び降りて自死(自殺)するという痛ましい事件が発生した。

残念なことに、我が国ではこのような悲惨な事件が後を絶たない。

 

「トヨタ、社員のパワハラ自殺で和解 社長が遺族に謝罪」(日経新聞)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF070GK0X00C21A6000000/

「三菱電機、相次ぐ自殺 対策「効果あると思えぬ」の声も」(朝日新聞)
https://www.asahi.com/articles/ASP3C5V6ZP3CULFA00R.html

「パワハラで47歳のクリーンセンター職員が自殺、郡上市 上司から長時間にわたる注意・指導」(岐阜新聞)
https://www.gifu-np.co.jp/articles/-/3829

 

ハラスメントは絶対にあってはならない事態であり、あらゆる面において、その防止は職場における最優先事項である。

このような問題提起をすると、必ずと言っていいほど出てくるのが次のような意見だ。

 

「甘ったれるな!」「部下を甘やかすだけでは人は育たない!」
「俺が若いころにはカミナリ上司に怒鳴られたり殴られたりするのが当たり前だった。そのときはつらかったけど、そうやって俺は成長してきた!」

 

しかし、考えても見てほしい。
今の時代にオリンピックの強化合宿で、監督が選手にうさぎ跳びを強要したとしたらどう思うだろうか。
高齢の監督が選手に、
「俺たちの時代にはうさぎ跳びで寺の階段を何十往復もしていたんだ。この程度のことで根を上げるな!」と怒鳴りつけていたら、どう感じるだろうか。

そんな監督は即刻クビである。
選手がかわいそうだからというだけではない。そんな非科学的なトレーニング法で、世界に挑めるはずがないからである。

スポーツの世界だけではない。
現代の学校教育や家庭教育では、体罰は絶対に許されないという意見が支配的になった。
スポーツの世界でも教育の世界でも、このような変化には二つの側面からの理由がある。

ひとつは、選手や子どもの人格・人権を尊重すべきであるという観点。
もうひとつは、より効果的な指導方法が、様々な知見や実験により科学的に解明されてきたという観点である。

本稿では、主にパワーハラスメントを念頭に、職場におけるハラスメントの問題点を考察する。

 

ハラスメントは明確な「加害行為」である

ご存じのように、会社員が業務に起因して病気やけがをしたときには、労災保険が一定の損失をカバーしてくれる。

 

「労災保険とは」(東京労働局)
https://jsite.mhlw.go.jp/tokyo-roudoukyoku/hourei_seido_tetsuzuki/rousai_hoken/rousai.html

 

ここでいう「病気」には、「アスベスト(石綿)を吸って肺がんになった」といった身体的な疾病だけでなく、「仕事によるストレスでうつ病になった」といった精神疾患も含まれる。

 

厚生労働省は、精神障害の労災認定基準を公表している(厚生労働省Webサイト)

 

厚生労働省が毎年公表している「過労死等の労災補償状況」を見てみると、昨年度(2021年度)の精神障害に関する労災申請件数は2,051件で、うち608件が「業務に起因するもの」として支給決定を受けている。
特に、精神障害による自殺事案の労災申請件数は155件で、うち81件が労災の認定を受けた。

精神障害の主な原因について労基署の決定件数をみてみると、申請があったもので最も多いのは「上司とのトラブルがあった」の388件で、労災と認定された理由で最も多かったのは「上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」の99件である。

労基署が労災と認定しているのは、あくまで氷山の一角にすぎない。

上司からのパワハラにより体調を崩しても、うつ病で体が動かず、そのまま泣き寝入りするパターンの方が圧倒的に多いし、仮に体調が回復した段階で労災を申請したとしても、証拠が足りないため不支給決定となることも少なくない。

このような理不尽な攻撃により、毎年たくさんの会社員が身体と尊厳を壊されているのである。放置してよいはずがない。

パワハラ加害者はがん細胞である。放置していたら周りの細胞もがん化していく。早期発見、早期治療が何よりも重要である。

 

ハラスメントはマネジメントの放棄である

2009年12月に発行され、翌2010年にベストセラーとなった岩崎夏海氏の著書「もし高校野球部の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」(もしドラ)。

同著作のもとになったP.Fドラッカーの古典的名著「マネジメント」には、こんな一節がある。

 

「アメとムチによるマネジメント、すなわちX理論によるマネジメントはもはや有効ではない。先進社会では、肉体労働者にさえ通用しない。知識労働者に対しては、いかなる国でも通用しない。マネジメントの手に、もはやムチはない。アメさえ人を動かす要因とはなりえなくなった。
それでは、報酬というアメと恐怖というムチに代わるべきもの、新しい現実に合ったアメとムチは手にできるか。」(P.Fドラッカー『マネジメント【エッセンシャル版】-基本と原則』(ダイヤモンド社・2001年)より抜粋)

 

ドラッカーはアメとムチによる支配を否定したばかりか、当時有力だった心理学を応用したマネジメント手法をも批判し、成功を収めている数々の実例を詳細に分析したうえで、次のような原則を提示している。1970年代のことである。

 

「人のマネジメントとは、人の強みを発揮させることである。人は弱い。悲しいほどに弱い。問題を起こす。手続きや雑事を必要とする。人とは、費用であり、脅威である。
しかし人は、これらのことのゆえに雇われるのではない。人が雇われるのは、強みのゆえであり能力のゆえである。組織の目的は、人の強みを生産に結びつけ、人の弱みを中和することにある。」(P.Fドラッカー『マネジメント【エッセンシャル版】-基本と原則』(ダイヤモンド社・2001年)より抜粋)

 

それから50年、組織とマネジメントに関する数々の手法が開発され、人材のパフォーマンスを最大限に発揮させる様々な方策が提案されてきた。

私は経営理論の専門家ではないので詳細は別稿に譲るものの、人材マネジメントの世界においてはある程度共通の理解が広まっている。

たとえばGoogleは、チームの効果性に影響を与えるのは、「誰がチームのメンバーであるか」よりも「チームがどのように協力しているか」の方がより重要であるとして、チームの効果性に影響する因子を重要な順に以下のとおり示している。

 

・心理的安全性:
対人関係においてリスクある行動(無知、無能、ネガティブ、邪魔だと思われる可能性のある行動)をしても、このチームなら大丈夫だと信じられるかどうか。
・相互信頼:
相互信頼の高いチームのメンバーは、クオリティの高い仕事を時間内に仕上げる。
・構造と明確さ:
職務上で要求されていること、その要求を満たすためのプロセス、そしてメンバーの行動がもたらす成果について、個々のメンバーが理解していること。目標は、具体的で取り組みがいがあり、なおかつ達成可能な内容でなければならない。
・仕事の意味:
仕事の意味は属人的なものであり、経済的な安定やチームの成功、自己表現など様々だが、仕事そのもの、又はその成果に対して目的意識を感じられる必要がある。
・インパクト:
自分の仕事には意義があるとメンバーが主観的に思えるかどうかは、チームにとって重要である。
(Google「『効果的なチームとは何か』を知る」を参照に筆者が要約)

 

翻って、日本社会に蔓延するパワハラ的な業務指導とはいったい何なのか?
「怒鳴る」「威嚇する」「不利益を告知して脅す」といった、部下の恐怖心を利用した管理手法は、ムチを手にした恫喝であり、マネジメントの放棄である。

恐怖心は人を委縮させ、思考能力を低下させ、モチベーションを奪い去る。そんな非科学的な指導方法で、世界に挑めるはずがない。

もっとも、ドラッカーが「マネジメント」を創作する際に大きな影響を与えたのは、ほかならぬ高度経済成長期の日本企業である。

古野庸一氏と小野泉氏は、30年以上好業績であり、100年以上続く長寿企業を「いい会社」として、その特徴を次のように述べている。

 

「いい会社」は、自らの存在意義を自覚し、その意義に沿って経営を行い、信頼のベースを形成している。そして、社員と向き合い続けている。社員を信頼し、社員の志向・価値観を尊重し、自律性を促し、社員の持っている力を引き出すことによって、業績を高めている。社員一人ひとりに仕事の意義を語っている。(古野庸一・小野泉著『「いい会社」とは何か』(講談社・2010年)

 

多くの人は、人生の大部分を仕事時間に使う。一般的な会社員であれば、少なくとも1日8時間、週5日を仕事に捧げている。

会社から信頼され、自分の志向や価値観が尊重され、自律性を促され、自分の持っている力を最大限引き出して働く。そういう職場が、当たり前の世の中にしていかなければならない。

原島有史

法律は、社会にいるすべての人を縛るルールであると同時に、すべての人を支えるツールでもあります。企業における経営判断においても、個人の人生を左右する決定においても、法律の知識というのは想像以上に役に立つものです。 「問題に直面してはいるけど、誰に何をどう相談したらいいのかわからない」というときは、ぜひ一度ご来所ください。直面する状況で、どこにどのような問題があるのかを整理・分析することも、我々弁護士がご提供できるリーガル・サービスの一つです。