本コラムはJEPXにおける卸電力市場価格の高騰により発生した再生可能エネルギー電気特定卸供給契約の問題点について、法的な検討をしたものです。なお、本コラムに記載した法的見解は筆者独自のものであり、当事務所の見解を代表するものではありません。
1 JEPX市場の高騰
昨年末よりJEPX市場における卸電力市場価格が暴騰し、落ち着く気配を見せません。この価格高騰により、再生可能エネルギー電気特定卸供給により電力を調達してきた小売電気事業者への影響が甚大なものになっています。本コラムでは現在の市場環境の下における一般送配電事業者と小売電気事業者との再生可能エネルギー電気特定卸供給契約の適用の正当性について検討したいと思います。
2 再生可能エネルギー特定卸供給契約の費用構造
法的論点を検討する前提として再生可能エネルギー電気特定卸供給の構造を簡単に紹介します。
固定価格買取制度において、発電事業者から電力を固定価格で購入するのは一般送配電事業者(東京電力パワーグリッド株式会社、中部電力パワーグリッド株式会社等)となります。
しかし、当然ながら一般送配電事業者が買取原資を負担しているのではありません。一般送配電事業者の買取原資は、費用負担調整機関から受領する再エネ特措法交付金と、小売電気事業者から受領する回避可能費用とで構成されています。
回避可能費用は、その名前のとおり、「電力会社が再生可能エネルギーを買い取ることにより、本来予定していた発電を取りやめ、支出を免れることが出来た費用」(https://www.meti.go.jp/shingikai/santeii/pdf/006_04_00.pdf)のことをいいますが、この費用の算定方法は、2016年4月からJEPXの卸電力市場価格に連動することとされました。
例えば、一般送配電事業者が発電事業者に支払う価格が1kWhあたり40円、JEPXの卸電力市場価格が10円とすると、一般送配電事業者は、40円-10円=30円分を費用負担調整機関から受領し、残り10円を回避可能費用として小売電気事業者から受領することになります。
この10円については、一般送配電事業者と小売電気事業者とが締結する、再生可能エネルギー特定卸供給契約に基づき、「再生可能エネルギー電気特定卸供給に係る料金」として一般送配電事業者から小売電気事業者に請求されます。
3 JEPX市場の価格高騰と小売電気事業者が直面する問題点
上記のような費用構造になっていることから、今回のJEPXにおける卸電力市場価格高騰は、JEPXから卸電力を直接調達する小売電気事業者のみならず、発電事業者から一般送配電事業者を通じて特定卸供給を受け、小売電気事業を行っている再生可能エネルギー推進に積極的な新電力に甚大な影響を及ぼしました。
先ほどの例でいうと、一般送配電事業者の発電事業者からの買取価格が1kWhあたり40円である一方、小売電気事業者が負担する回避可能費用はJEPXの卸電力市場価格に連動しますので、この1か月の間に、一般送配電事業者が発電事業者に支払う買取価格を超えたばかりか、100円、150円と暴騰していったのです。
つまり、極めて単純化すると一般送配電事業者は、発電事業者に1kWhあたり40円支払う一方、小売電気事業者から回避可能費用の名目で1kWhあたり100円なり150円を受領する状況になったのです。
4 今回の価格高騰は誰も予見していなかった
もともと、再生可能エネルギーはLNG等を使った火力発電よりも単価が高いことが制度の前提になっており、JEPXの卸電力市場価格が再生可能エネルギーの買取価格よりも高額になることは誰も想定していませんでした。しかも、今回のように3週間以上にわたって卸電力市場価格が暴騰することなど「世界中の電力市場の歴史上、ほぼ初めてのことです。」(日経エネルギーNEXT「電力市場の価格高騰要因を公開データから読み解く 京都大学・安田陽特任教授による電力危機分析(前編)」安田陽京都大学大学院経済学研究科再生可能エネルギー経済学講座特任教授https://project.nikkeibp.co.jp/energy/atcl/19/feature/00007/00048/)
5 事情変更の法理を適用すべき
このように誰も予見できなかった事態が生じ、これまでの契約を適用するのが信義衡平の観点から不当になった場合に、裁判所において契約内容の改定もしくは解除を認める法理が事情変更の法理です。
これは、大審院(大判昭和19年12月6日民集23巻613号)において認められた法理で、不動産の売買契約締結後、履行期前に宅地建物等価格統制令が施行された結果、価格の認可が必要となり、その手続にかかる期間が想定できず、かつその認可された価格によっては契約が失効する可能性があるとされた事案において、買主からの解除を認めました。その後、複数の裁判例においても適用を認められています。
事情変更の法理が認められる要件は、一般的に以下の4つとされています。
①契約成立時にその基礎となっている事情が変更すること
②事情の変更は当事者の予見した、または予見しうるものではないこと
③事情変更に当事者の帰責性がないこと
④事情変更の結果、当初の契約内容に当事者を拘束することが信義則上著しく不当であること
JEPXでは、1か月という短期間に30倍以上もの価格高騰が生じており、かつその価格は固定価格買取制度の買取価格を超えるなど、制度設計時や再生可能エネルギー電気特定卸供給契約締結時に基礎とされた事情とはかけ離れた事態が生じています。また、経済産業省を含め誰も予見できておらず、当事者に帰責性があるとは現時点で認められていません。しかも、一般送配電事業者は、制度が想定していない形で大幅な利益を得るなど、等価関係が崩れており信義則上著しく不当な事態が生じています。
もともとの契約関係を修正・解除する効果を認めることから、事情変更の法理は極めて謙抑的に適用されなければなりませんが、今回のJEPXにおける卸電力市場価格の暴騰とそれを前提とした再生可能エネルギー電気特定卸供給契約適用の不合理性は明らかであり、事情変更の法理を適用し、回避可能費用を固定価格買取制度の買取価格を上限にするといった契約条項の修正がなされるべきです。このように解しても一般送配電事業者に損失は生じませんし、制度設計において一般送配電事業者に利益が発生することは想定されていませんでしたので、不当な結論にはなりません。
6 最後に
現在、一般送配電事業者からすると、どのような考えであれ再生可能エネルギー電気特定卸供給契約に基づき回避可能費用を小売電気事業者に請求することになりますし、請求を受けた小売電気事業者も契約上、支払う義務を負います。
経済産業省の責任を問う声もあるようですが、対策を求めるのはまだしも、制度設計時に誰も予見できなかったことを想定するよう求めるのは不可能を強いることであり、生産的ではありません(すべてのリスクを想定するよう求めるのは不合理かつ非経済的です)。
制度的な対策は別の議論として残りますが、一般送配電事業者と小売電気事業者との再生可能エネルギー電気特定卸供給契約の適用が現時点で不合理になっているのは間違いありません(この点、卸電力市場価格が適用されるのであるから、正当な価格であるとの指摘もあり得ますが、再生可能エネルギー特定卸供給における回避可能費用の考え方(調達コストの負担)からすると、調達費用の上限が買取価格を超えることに合理性があるとは思えません)。
事情変更の法理は最高裁でも法理として認められているものであり、法的根拠となるものです。今回のような事態が生じた場合にこそ、合理的かつ正当な結論を導くために適用され、回避可能費用の上限を買取価格とするような契約条項の修正により解決が図られるべきではないか、と考えるものです。