ワイヤーカード問題が我々に問いかけること - 早稲田リーガルコモンズ法律事務所
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横倉 仁
横倉 仁

ワイヤーカード問題が我々に問いかけること

巨額の不正会計が明るみに 

 ドイツのフィンテック企業大手で、ドイツ株式指数(DAX)の主要30銘柄にも指定されていたワイヤーカードが6月に破産手続を申請しました。長年にわたって巨額の不正会計に手を染めていたことが明らかとなり、マークス・ブラウン前CEOをはじめとする複数の経営陣が逮捕され、世界中に衝撃が走りました。
 ワイヤーカード問題は世界の監査業界にも激震を与えています。この問題が今世紀初頭、当時のビッグ6のトップに君臨していたアーサー・アンダーセンを解体に追い込んだ彼のエンロン・ワールドコム事件に匹敵する、あるいは、これを超えるスキャンダルになることは間違いないでしょう。報道によれば、同社の公表財務諸表に計上されていた保有現金預金のうち19億ユーロ(約2300億円)が実在していなかったとされ、監査人であったアーンスト・アンド・ヤングの監査に問題がなかったのかが大きく取り沙汰されています。監査のなかでも最も基本的な手続である銀行預金の直接確認を実施していなかったとされているからです。折しも欧州では、相次ぐ大型企業の破綻を看破できなかった監査に対する批判の高まりを受け、イギリスの財務報告評議会(FRC)が、ビッグ4(四大会計事務所)に対して、監査部門をコンサルティング部門から独立して運営するよう先月勧告したばかりで、今回のワイヤーカード問題によって、監査に対する逆風は一層強まっています。
 ちなみにFRCの勧告は、会計事務所内部における「監査とコンサルティングとの利益相反関係」を問題視するものですが、その根底には、「監査人の経済的独立性」という、それこそ、百年以上にわたって議論されてきた監査制度の構造的問題・・・監査先から監査報酬をもらって監査する構造・・・が横たわっています。FRCはこの経済的独立性という古くて新しい問題に積極的に切り込もうとしており、今後の動向に注目したいと思います。

監査に何を期待するべきか

 さて、今回のワイヤーカードのような不正会計問題が起こるたびに、監査人や監査法人業界はバッシングを受けます。もちろん、個々の事例の検証は欠かせませんが、私は“監査バッシャー”たちの少なからぬ論調に対して常々違和感を覚えています。それは敢えていうならば、「監査に対するあまりに過度な期待と要求」です。
 その第一の視点は、監査コストの負担についてです。不祥事(エラー)に対するアプローチは大きく2つあります。予防統制(preventive control)と発見統制(detective control)です。これは疾病と同じです。監査は後者の発見統制に属します。ところで監査は捜査と比較して論じられることがあります。その多くは、捜査機関は強制処分の権限が与えられているが、監査人にその権限はなく、監査には限界があるというものです。確かにそのとおりではあるのですが、私はこの論旨にあまり共感を覚えません。私は、監査が捜査と決定的に異なるのは、解明の対象であると思っています。捜査は特定の被疑事実を対象にしています。言うならば、「ここに地雷(被疑事実=エラー)があると通報がありました。調べてください。」というのが捜査の対象です。けれども、監査はそうではありません。言うならば、「どこかに地雷(不正経理=エラー)があるかもしれません。あると困るので調べてください。」というのが監査の対象です。捜査ではある特定の事実の解明に資源を集中することができますが、監査ではそうはいきません。もし、捜査と同じ密度で監査を実施しようとすれば、膨大な資源を投入する必要があります。一体誰がそのコストを負担するのか。監査バッシャーたちにはこうした観点が欠落しています。そもそも、ほとんどの企業は不正経理を行っていない(地雷は存在しない)わけですから、監査に膨大な資源を投入するのは非常に不経済です。
 第二の視点は、監査はあくまでガバナンスの一部に過ぎない点です。確かに監査は企業統治(ガバナンス)の重要な一翼を担っていますが、あくまで一翼です。取締役会、監査役会、各種委員会等設置会社、社外役員、執行役員、執行と監督の分離、内部統制の構築、内部通報などなど、統治と統制(governance and control)に関する法令と実務のメニューは極めて多様化しています。ワイヤーカードは長年にわたって巨額の不正会計を行っていました。なぜ予防できなかったのか。なぜ早期に発見できなかったのか。監査だけを取り上げて過度な要求をするのではなく、ガバナンス全体のなかに監査を位置付けたうえで、あるべき監査の姿を議論すべきであると思います。

ならぬことはならぬものです

 ですが、ワイヤーカード問題が我々に問いかけることはもっと根本的なことのような気がしています。東芝はかつて、米国流の委員会設置会社制度を早々に導入して話題になりましたが、結局、不正会計を防ぐことはできませんでした。ある経営者がこんなことを言っています。「仏作って魂入れずでは意味がない。社長以下全社員にコンプライアンス教育を徹底しなければならない」。どのようなカバナンス体制を構築しても、結局、組織を構成する人々の意識が変わらなければ、不正会計問題がなくなることはないでしょう。我々弁護士や公認会計士は、職業倫理教育を受けることが会則で義務付けられています。企業経営に携わる人たちに同じことを要求するのは無理なのかもしれませんが、素朴な倫理観や正義感というのは、経営者の欠くべからざる資質だと思います。そしてそれは詰まるところ、その国の人格教育に遡ることになります。著名な会津藩の什(じゅう)の掟にもある「ならぬことはならぬものです」という、実に単純明快な行動原理が問われているのです。
 いまひとつは「誰がためのガバナンス」という点です。ワイヤーカードは高騰した時価総額のかげで不正会計を行ってきました。昨今の世界情勢と資本主義経済の先行きをみるに、時価総額至上主義、株主価値至上主義の経営と同心円上にガバナンスを位置付けることができなくなりつつあります。我々はこれまであまりにテクニカルにガバナンスを語ってきたのではないでしょうか。ガバナンスのためのガバナンスになっていないでしょうか。ガバナンスの目的が何であるのか、誰のためのガバナンスであるのか、我々はもう一度本質的に考えなければいけない時期に来ているように思います。

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横倉 仁(弁護士・公認会計士)
横倉 仁(弁護士・公認会計士)

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